世田谷区清掃・リサイクル条例違反事件@東京簡易裁判所

 世田谷区清掃・リサイクル条例に違反したことをもって,刑事責任が問われている事件に関するメモ。それも,今年3月の第一審判決のいくつかで無罪の判断が示された要因でもある「本件条例が定める罰則規定が示す内容が不明確か否かという争点」に限って,無罪判決・有罪判決の双方につき,その概要をまとめてみた次第。あくまで概要に過ぎず,また,自らの備忘のためということで,様々な箇所で書き換え・書き加え・省略等を行っていますので,その旨ご留意を。
 そして,このメモは,「無罪・有罪いずれの判決が正しいか」といった観点からの興味ではなく,「罰則規定とは,どのように定められるべきものか」といった観点からの興味に基づくものということで。
 なお,現時点では,控訴審であるところの東京高裁の判決も出されている(出されつつある)ようですが,その詳細等は未だ不明(→追記を参照のこと。→さらに追々記も参照のこと。)。

古紙業者の有罪確定へ ごみ集積場から勝手に持ち去る 2008.7.19 10:55
 東京都世田谷区のごみ集積場から古紙を勝手に持ち去ったとして、区清掃・リサイクル条例違反の罪に問われた古紙回収業者の男(48)の上告審で、最高裁第1小法廷(甲斐中辰夫裁判長)は、男の上告を棄却する決定をした。決定は17日付。罰金20万円とした2審東京高裁判決が確定する。
(略)
 区条例は「所定の場所」から古紙などを勝手に持ち去った場合、20万円以下の罰金と定めている。被告側は「条例の『所定の場所』という文言では、古紙持ち去りが禁止されている場所が分からない。不明確な条例で罰することは憲法違反」などと主張していた。
 第1小法廷は「『所定の場所』がごみ集積場を指すことは明らか。条例が不明確だとはいえない」と指摘。さらに「被告が古紙を持ち去った場所には『資源・ごみ集積場』との看板があった」と述べ、被告側の主張を退けた。
(略)

  • 【追々記はここまで】


■公訴事実

  1. 被告人は,世田谷区長が指定する者以外の者
  2. 世田谷区清掃・リサイクル条例35条1項に規定する一般廃棄物処理計画で定める「所定の場所」において,同所に置かれた古紙を収集したため,世田谷区長から,同条例の規定により,古紙等再利用の対象として区長が指定したものを収集し,又は運搬する行為を行わないよう命ぜられた
  3. 一般廃棄物処理計画で定める「所定の場所」において,同所に置かれていた再利用の対象として区長が指定したものである古紙を収集し,もって当該命令に違反した


■世田谷区清掃・リサイクル条例(抜粋)

 (収集又は運搬の禁止等)
第31条の2 第35条第1項に規定する一般廃棄物処理計画で定める所定の場所に置かれた廃棄物のうち、古紙、ガラスびん、缶等再利用の対象となる物として区長が指定するものについては、区長及び区長が指定する者以外の者は、これらを収集し、又は運搬してはならない。
2 区長は、区長が指定する者以外の者が前項の規定に違反して、収集し、又は運搬したときは、その者に対し、これらの行為を行わないよう命ずることができる。


 (処理の計画)
第35条 区長は、規則で定めるところにより、一般廃棄物の処理に関する計画(以下「一般廃棄物処理計画」という。)を定め、これを遅滞なく公表しなければならない。
2 区長は、一般廃棄物処理計画を変更したときは、これを遅滞なく公表しなければならない。


第79条 次の各号の一に該当する者は、200,000円以下の罰金に処する。
 (1) 第31条の2第2項の規定による命令に違反した者
 (2) 第34条第4項の規定による命令に違反した者
 (3) 第45条(第52条において準用する場合を含む。)の規定による命令に違反した者
 (4) 第48条(第52条において準用する場合を含む。)の規定による命令に違反した者
 (5) 第53条第3項の規定による命令に違反した者


■争点(「『所定の場所』の位置が,明確に定められているか否か」という点に限る。)

  • 弁護人の主張
  • 世田谷区清掃・リサイクル条例が定める罰則規定は,内容が不明確であるから憲法31条に違反する
    • 本件条例が定める罰則規定は,一般廃棄物処理計画で定める「所定の場所」に置かれた廃棄物のうち,一定のものについて,世田谷区長から収集又は運搬する行為を行わないよう命ぜられ,その命令に違反した者に対し,罰金刑を科する旨を規定しているところ,同計画に「所定の場所」は記載されていないなど,当該「所定の場所」の位置がどこであるかについて,明確に定めていない
  • 検察官の主張
  • 世田谷区清掃・リサイクル条例35条1項に規定する一般廃棄物処理計画で定める「所定の場所」とは,一般廃棄物の排出場所として決められた場所のことであり,その位置について不明確な点はない
    • 「所定の場所」とは,一般廃棄物処理計画中「区民・事業者の協力義務等」の欄に規定されている「定められた場所(原則としてそれを利用しようとする区民等が協議のうえ位置を定め,その場所を区に申し出て,区が収集可能であると確認した場所)」と同一である
    • その具体的な位置は,「資源・ごみ集積所地図」(ゼンリン住宅地図の世田谷区部分を使用し,資源・ごみ集積所の位置に,同区清掃・リサイクル部事業課所属の担当職員が赤色のマーク等を記入するなどの方法により作成したもの。)を用いて表示されている
    • 同地図を同課の窓口に備付けている上,現地においても,看板を設置したりコンテナを置くなどの方法により,その位置は明示されている
  • 弁護人による検察官の主張に対する反論
    • 検察官が「所定の場所」である具体的な場所が記載されているとする住宅地図は,一般廃棄物処理計画の添付文書ではなく,公開の施策を講じていないものであるから,「所定の場所」について,国民の予見可能性を充足せず,罪刑法定主義の要請を満たしていない
    • 同住宅地図の記載は,ボールペン等の筆記具により,様々な大きさ,形態のマークでおおよその位置が記載されているにすぎず,その記載状況はまちまち,漠然,曖昧であって犯罪地と非犯罪地を区別することができないから,罪となる場所を正確に特定できるものではない
    • 検察官は,集積所現場の状況からすれば,看板が貼ってあったり,びんや缶を入れるためのコンテナが置いてあるので,そこが所定の場所であることは容易に把握できる旨主張するが,本件条例が定める罰則規定がその場所を一般廃棄物処理計画で定める「所定の場所」とする文言からかけ離れている


■裁判所の判断

  • 前提として
  • 刑罰法令は,運用機関の恣意を排除し,国民に対して刑罰の対象となる行為をあらかじめ告知する機能を果たすため,当該法令や関係する規定の文言から,通常の判断能力を有する一般人の理解において,具体的場合に当該行為がその適用を受けるかどうかの判断を可能とするような基準が読み取れる程度に明確であることが要求されると解するのが相当
    • 公訴事実記載の各日時ころ,本件条例が定める罰則規定,一般廃棄物処理計画及びこれに関係する規定の文言は,一般人の理解において,「所定の場所」の具体的位置,あるいはその具体的位置を知り得る基準が読み取れる程度に明確であったか
  • 無罪とした判断の概略
  • 一般廃棄物処理計画が「定められた場所」と規定する部分は,文面から判断して,世田谷区清掃・リサイクル条例35条1項に規定する一般廃棄物処理計画で定める「所定の場所」について具体的に定めた規定であるという外観を備えているとは認め難く,両者が同一であると読み取ることは,一般人の理解において,極めて困難であったと認められる
    • 一般廃棄物処理計画が使用している「定められた場所」という文言は,本件条例が定める罰則規定が使用している「所定の場所」という文言と異なっていることは明らかである
    • 「定められた場所」という文言の直後に付された括弧内の文言は,「原則として(中略)区が収集可能であると確認した場所とする。」と規定するに止まり,具体的な地点は定めておらず,「所定の場所」との関係についても言及していない
    • 本件条例が定める罰則規定から「所定の場所」について定めるよう委任された一般廃棄物処理計画は,例えば,「条例に規定する『所定の場所』は,次のとおりとする。」という形式,ないしはこれに類する形式の規定を設け,それによって「所定の場所」の具体的位置,あるいはその具体的位置を知り得る基準を示すのが最も明確であるが,同計画は,そのような形式はとっていない
  • 一般人が,「所定の場所」の具体的位置,あるいはその具体的位置を知り得る基準を知ろうとしても,一般廃棄物処理計画やこれに関係する規定の文言から,明確に読み取ることは極めて困難であったと認められる
    • 一般廃棄物処理計画の全文について検討しても,「所定の場所」について定めたとうかがえる規定は見当たらない
    • 検察官も,一般廃棄物処理計画中「定められた場所」という部分以外に,そのような規定が存在するとは主張していない
    • 世田谷区の清掃・リサイクル事業に関する実務を担当する職員も,本件条例が定める罰則規定の「所定の場所」と一般廃棄物処理計画の「定められた場所」とが同一であるという認識を有している旨は述べるものの,そのように認識している根拠については明示していないことが認められ,さらに,これらが同一であることの根拠となる規定は存在しない旨も,併せて供述していることが認められる
  • 刑罰法令に求められる明確性を欠いていたと認めざるを得ないから,結局,本件罰則規定による刑事処罰は,憲法31条に違反すると言わざるを得ない
  • 有罪とした判断の概略
  • 世田谷区清掃・リサイクル条例35条1項に規定する一般廃棄物処理計画で定める「所定の場所」とは,一般廃棄物処理計画4の(1)でいう「定められた場所」であることは明らかである
    • 本件条例が定める罰則規定の「所定の場所」は,同条例3章2節の表題及び同条項の規定内容から,古紙等再利用の対象となる廃棄物を置くべき場所として「定められる場所」であると解される
    • 一般廃棄物処理計画4の(1)によると,古紙等再利用を目的として分別収集する資源は,別表第1に定める収集曜日及び時間に保管している場所から「定められた場所」へ排出することとされている
  • 本件条例が定める罰則規定の「所定の場所」について,集積所地図の表示位置,同位置に対応する現地集積所の位置及び同集積所の看板の表示内容を併せてみると,通常の判断能力を有する一般人であれば,現地の状況からそこがそれを利用する区民等が協議のうえ定められ,収集に当たる区が収集可能であることを確認した場所であろうことを強く推認できるのであり,その集積所が「所定の場所」に当たることは誤りなく認識できる
    • 広範な地域の極めて多数の場所を特定する場合,まず,地図上に記載して定め,次にその記載に対応する現地に一定の明認方法を施して具体化し,一般通常人がその明認方法によりそこが地図等に記載された場所であることを認知できるようにする方法は,一般的な方法である
    • 本件においても,「所定の場所」たる集積所は集積所地図上に「この辺り」である旨を表示し,現地において看板等のような明認方法を施しているのであるから,同地図の表示に対応する現地の集積所について,地図上の「この辺り」の集積所が「この場所」であることを誤りなく特定できるようにすることは不相当とはいえないし,そのような定め方が行政の恣意的裁量を助長するということもできない
    • 集積所地図に記載された「所定の場所」たる集積所に対応する現地には,原則として,資源・ごみ集積所と記載された看板が設置され,その表示内容は「資源,可燃ごみ不燃ごみなどのごみの種類,排出すべき曜日,時間,管轄の清掃事務所名」のほか,「資源・ごみは区の収集(回収)に出されたもので,持ち去らないでください」などと記載されている
    • 集積所地図に記載された「所定の場所」たる集積所に対応する現地の多くには,「世田谷区全域,資源持ち去り厳禁,古紙等は行政回収するものです,これらを持ち去る行為は条例で禁止されています,違反した場合は20万円以下の罰金を科す場合がある」旨記載された看板が設置されている
      • 集積所地図に記載された「所定の場所」たる集積所に対応する現地に,これらの看板が設置されていない場所も相当数あるものと推認される
      • 集積所地図に記載された「所定の場所」たる集積所に対応する現地に設置された看板には,そこが「所定の場所」であると明記されてはいない
      • 集積所地図に記載された「所定の場所」たる集積所に対応する現地は,線を引いたり,看板の周囲何メートルなどとその範囲が明示されていない
    • 集積所地図に記載された「所定の場所」たる集積所に対応する現地には,古紙等の収集日には,ガラスびんと缶を回収するための黄色と青色のコンテナが置かれおり,古紙も通常その傍らに置かれている
  • 一般廃棄物処理計画には「所定の場所」とする各集積所を具体化するための手続やその表示方法が定められておらず,集積所地図が区報その他の広報によっては公表されていないことには問題があるが,犯罪場所について予見可能性を欠くとは言えないし,本件罰則規定が刑罰法規の明確性に欠けるものとは認められない
    • 一般廃棄物処理計画に基づく「所定の場所」たる集積所の特定が,その特定方法,確認帳簿・図面等の記載や区民等への周知方法,集積所現場における表示方法等は定められていないものの,世田谷区組織条例,世田谷区組織規則,世田谷区事案決定手続規程,世田谷区清掃事務所処務規程などに基づいて行われている
    • 現地集積所について疑問のある者は同地図を区役所窓口で閲覧することができるのであって,公表のための最小限の措置は執られているものと認められる
    • 現地集積所の位置は,同地図の表示位置にほぼ対応しているものと認められ,近くに対応する別の集積所があるなどの紛らわしい状況にない限り,設置に係る集積所について古紙回収業者を始め一般人が「所定の場所」と認識する障害にはならない