物権法/第4講 不動産物権変更の公示

<1>物権とは、他の者を排除して、その物の価値を独占的に使用・収益・処分できる権利である。それゆえに、取引に関係する者への影響も大きく、取引の安全確保の必要性が重視される。そして、その取引の安全確保のために必要とされるのが、誰が当該物にどのような権利をもっているのか明らかにしておくこと、つまり公示である。この公示のための外形的な表示手段は、不動産は登記、動産は引渡(占有の移転)*1なのである。
■これら公示には、物権変動があっても、それを公示しておかないと、法的な不利益を受けるという「公示の原則(民法177条*2及び178条*3)」がある。こうした原則があることにより、公示が促進され、また、公示の不存在に対する信頼保護がはかられる*4こととなる。
■また、公示の存在に対する信頼保護をはかるという「公信の原則」もある。日本の民法では、動産と不動産で区別して、この原則の採用・不採用の立場をとる。すなわち、動産では、公信の原則を採用し、善意取得(民法192条*5)を認めるが、対して、不動産ではこの公信の原則を採用しない。これは、動産においては流通過程における円滑な取引の安全を優先することをその理由とし、不動産においては取引の静的安全を考慮するとともに、公示制度が形式審査主義を採っていることが不備だとすることを理由とする。<2>登記とは、不動産登記法所定の手続に従い、不動産登記簿と言う公募に不動産の権利関係を記載することである。登記の申請は、当事者である登記権利者*6登記義務者*7の共同申請をまって、はじめて登記が行われるが、保存登記*8や相続・合併による場合、または、登記義務者に対して登記手続をするように判決があった場合には、例外的に単独申請でなされる。
■なお、登記義務者が共同申請に応じない場合においては、登記権利者登記義務者に対して登記手続に協力するよう請求する権利*9に関する問題がある。これには、いくつかの類型があり、それぞれ根拠が違うので、多元的に説明するしかないものである。

    1. 登記権利者登記義務者の間に、物権変動を基礎づける契約がある場合…この場合のうち、登記権利者に物権があるときは、契約上、登記権利者登記義務者に対して登記の移転を求める債権、「債権的登記請求権」があるし、登記権利者には物権に基づき登記義務者に対して登記の移転を求める権利、「物権的登記請求権」がある。対して、登記権利者に物権がない場合には、当然に債権的登記請求権のみしかない。
    2. 登記権利者登記義務者の間に、登記の移転のみについて契約がある場合…中間省略登記のケースであり、登記義務者(=登記名義人)と中間者の同意がない限り、登記権利者中間省略登記請求は不可とされる。これは、登記名義人の同時履行請求権の意味を失わせることになること、また、実態関係を反映していない、本来許されないはずの登記をわざわざ作り出すことになることを理由とする。ここで、登記権利者がとれる対処法としては、中間者が登記義務者に対して有する登記請求権を、登記権利者が代位行使することが考えられる。

■また、登記権利者が共同申請に応じない場合においては、登記義務者は、登記権利者に登記の引取りを請求できる*10とされる。これは、契約上、登記権利者は登記を引き取る義務を負い、その履行が強制されるとみる可能性と、登記制度の目的*11から、義務を基礎づける可能性を理由とする。<3>登記の有効要件には、形式的要件*12と実質的要件*13がある。前者については、手続の瑕疵があげられるが、管轄違いや非登記時効を登記した場合は、無効であり、職権によって抹消されることになる。それ以外の手続の瑕疵の場合は、その登記が実体関係に符合していないといは登記は無効に、符合している場合は有効になる。
■また、いったん登記が行われたが、後にそれが消滅した場合に登記の存続がどうなるかについては、その登記消滅が権利者側の事情に基づく場合は、対抗要件主義の趣旨及び権利者の帰責事由により、権利自体は存在するが、登記が消滅した以上は第三者に対抗できないとされる。これが、権利者側の事情に基づかない場合*14は、権利者の帰責事由の不存在により、確かに取引安全も大切だが、権利者には何の落ち度もないのに、権利を失わせるのは酷だとして、対抗力が存続するとされる。
■かわって、実質的要件については、当初有効だった登記が、実体関係を欠くようになったため無効となった場合に、それを別の実体関係についての登記として流用することは許されないとされる。これは、そもそも実体関係に符合しないこと、また、複数の登記が併存し、登記の公示性が乱される恐れがあることを理由とする。
■また、中間省略登記において、中間者による抹消登記請求が認められるかについては、原則として可能とされる。これは、そもそも実体関係を反映していないこと、それまでの物権辺土に瑕疵がないか調査できるよう、その過程が登記に記載されている必要があること、そして中間者の利益の確保*15を理由とする。しかし、中間者の同意がある場合や、中間者がすでに譲受人から代金を取得していた場合といった中間者の利益を確保する必要がない場合には、認められないとされる。<4>登記の種類としては、本登記と仮登記*16がある。本登記には、推定力*17があり、その推定の意味としては、事実上の権利推定説がとられる。これは、AとBの関係において、Bに登記があることを、裁判官はBに所有権が移った(=Aが所有権を失った)という心証を得るとし、Aは反証として、Bに所有権が移っていないのではないかと合理的な疑いを抱かせるような証明で足りるとする。対して、Bは本証として、自分に所有権が移ったことを裁判官に確信させるに足りる証明が必要とする。これは、日本の民法形式主義を採用しておらず、また、権利の不存在の証明、つまりおよそBに所有権を取得する原因はないという証明は、Aが行うことは不可能ということを理由とする。
■仮登記には、物権保全の仮登記*18(1号仮登記)と請求権保全の仮登記*19(2号仮登記)がある。その効力は、順位保全効といい、仮登記を本登記にあらためると、仮登記後に現れた第三者より先に本登記していたことになり、対抗できることとなる。また、この対抗力の発生時期は、仮登記によって優先順位が確保されるだけであって、本登記に買えた時点から対抗力が生ずるとされる。<5>対抗問題とは、民法177条*20にその問題の所在がある。例えば、「Xが所有する土地甲をYに売却し、代金と引換えに甲をYを引き渡したが、それから5年後、Xが甲の登記がまだ自分の手元にあることを利用して、甲をZに売却し、登記もZに移転した」という事例において、民法177条からの帰結としては、Yは登記がない以上、第三者Zに対抗できず、Zは登記がある以上、第三者Yに対抗できるとされる。しかし、民法176条*21の意思主義からは、「XからYに甲を譲渡するという意思表示により、所有権はすでにYに移転しているのであって、Xは無権利者なのではないか。その後にZがXから所有権を取得することもできないはずであるし、それゆえZは無権利者のはずなのに、登記を備えれば所有権になれるのはナゼか?」という疑問が生じる。つまりは、民法176条と177条の整合性をいかにとるのかとの問題があるのである。
■このことについては、民法176条の意味を物権変動の原因と実体的効果にあるとし、民法177条の意味を物権変動の対外的主張の制限(=実態的な効果ではなく、対人的な主張可能性を問題とする。)にあるとする、二元的構成がとられる。
■すなわち、民法176条においては、そのまま意思表示があれば、物権が変動するとして、譲受人Yが物権を取得し、譲渡人Xが物権を失うとする。対して、民法177条においては、第一譲受人Yは、登記がなければ、Yが物権を取得したことを第三者に主張できないし、譲渡人Xが物権を失ったこと、従って第二譲受人Zが物権を取得できないことを第三者に主張できないとする。そして、第二譲受人Zは、第一譲受任Yが登記がないために、Yが物権を取得したことを第三者に主張できないし、譲受人Xが物権を失ったことを主張できない以上、Zは譲渡人Xから意思表示により物権を取得できたことになるとするのである。

*1:cf.動産・債権譲渡にかかる公示制度の整備に関する法律案

*2:不動産ニ関スル物権ノ得喪及ヒ変更ハ登記法ノ定ムル所ニ従ヒ其登記ヲ為スニ非サレハ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス

*3:動産ニ関スル物権ノ譲渡ハ其動産ノ引渡アルニ非サレハ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス

*4:日本では、物権変動が行われれば効力は発生するが、公示しない限り、第三者に対抗できないという「対抗要件主義」が採られている。

*5:平穏且公然ニ動産ノ占有ヲ始メタル者カ善意ニシテ且過失ナキトキハ即時ニ其動産ノ上ニ行使スル権利ヲ取得ス

*6:権利に関する登記をすることにより、登記上、直接に利益を受ける者=譲受人

*7:権利に関する登記をすることにより、登記上、直接に不利益を受ける登記名義人=譲渡人

*8:たとえば、建物を建築してはじめて所有権を登記する場合など。

*9:登記請求権

*10:登記引取請求権

*11:真実の物権変動を反映したものである必要性

*12:不動産登記法所定の手続に従って登記が行われていること。

*13:登記が実体関係に合致していること。

*14:例えば、登記官の過誤など。

*15:中間省略されていなければ、同時履行の抗弁権が使えたはずといった例が考えられる。

*16:将来、本登記を行うことを予定して、順位を保全しておくために行われる。

*17:登記があれば、その内容どおりの権利関係があると推定される。

*18:すでに物権変動が行われているが、本登記の申請をするのに必要な情報(登記識別情報、登記原因取得情報)を提供できない場合

*19:物権変動はまだ生じていないが、物権変動を生じさせる請求権が発生し、それを保全しようとする場合

*20:不動産ニ関スル物権ノ得喪及ヒ変更ハ登記法ノ定ムル所ニ従ヒ其登記ヲ為スニ非サレハ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス

*21:物権ノ設定及ヒ移転ハ当事者ノ意思表示ノミニ因リテ其効力ヲ生ス