物権法/第6講 登記を要する物権変動Ⅰ

<1>どのような物権変動に民法177条*1は適用されるのかについては、同条が「不動産に関する物権の得喪及び変更」と定めている。このことを具体的に考えると次のようなケースが考えられる。
■「Xが土地甲をYに売却し、その後に、Xが同じ土地甲をZに売却した」ケースにおいては、「①Xが甲をZに引き渡した場合」、Yは自らの物権的請求権に基づき「物権変動による物権の取得の主張」を行うこととなる。これに対して、Zは自らが民法177条の第三者であり、Yには登記があるのかと「対抗要件の権利主張」を抗弁として行う。Yは、XからYへの移転登記により「対抗要件の具備」を再抗弁として行うか、登記がなければZが背信的悪意者であるとの再抗弁を行うこととなる。
■同じケースにおいて、「②Xが甲をYに引き渡した場合」は、Zは自らの物権的請求権に基づき「物権言動による物権の喪失の主張」を行うこととなる。これに対して、Yは自らがZより前にXと売買をしており、XからYへの移転登記により「対抗要件の具備」を行うか、もしくはZが背信的悪意者であるとの抗弁を行うこととなる*2。または、Y自らが民法177条の第三者であり、Zには登記があるのかと「対抗要件の権利主張」を抗弁として行い、それに対して、Zは、XからZへの移転登記により「対抗要件の具備」を再抗弁として行うこととなる*3。<補論>民法177条民法94条2項類推の関係については、次のように考えられる。まず、民法177条の第三者となるには、その者Zに物権の取得原因があることが必要だとされる。つまりは、Zの相手方X(=前主)が権利者であることが前提となる。単にXからZが買ったというだけでは足りず、Xが前の所有者でなければならない。たとえXが所有者である外観を備えていたとしても、真の所有者でなければ、Zは民法177条の第三者とはならないのである。
■対して、民法94条2項*4は、Zの相手方X(=前主)が権利者でないことが前提となる。そもそも民法94条2項の本来の意味が、虚偽表示は無効であるが善意の第三者にそれを対抗できないということであり、その基礎には「真の権利者が自分以外の者が権利者であるかのような外観を作り出したときは、それを信頼した第三者を保護すべきである」という表権法理が存在する。この法理からみて「①Xが権利者であるかのような外観が存在し」、「②真の権利者に外観の作出・維持について帰責性があり」、「③Zが、外観に示された法律関係に基づき、新たに独立した法律上の関係者であるという第三者であって、善意(無過失)である」場合は、民法94条2項が想定するケースと同様に扱うことが要請されるのである。
■なお、公信の原則においては、登記があったという事実のみで足りる(=真の所有者の帰責性は問わない。)のに対して、民法94条2項類推には、真の所有者に虚偽の外観を作出・維持したことについて具体的な帰責性が必要とされる。<2>また、「Zが取得した土地甲のうえに、建物乙が立てられており、その前の所有者で現在も登記名義人であるのはXであったが、現在の真の所有者はYである」ケースにおいては、果たして誰がXの物権的請求権の相手方となるのかという問題がある。これについては、かつての判例*5は「実質的所有者責任説」をとり、建物の所有者YこそがZの所有権の侵害者であって、Zの物権的請求権の相手方とした。これは、建物乙を収去できるのは所有者Yだけであるとの判断があったからである。
■しかし、近時の判例*6は、「登記名義人責任説」をとり、登記名義人XもZの物権的請求権の相手方となり得るとした。これは、実質的所有者責任説では、被侵害者Zが真の所有者をつきとめるという困難があることに対する救済と、建物乙の収去は真の所有者しかできないのではなく、代替執行を行ったうえでその費用の負担をどうするかという問題に過ぎないとすることを、その理由とする。ただし、この登記名義人が責任を負うのは、「他人の土地上の建物の所有権を取得した者が自らの意思に基づいて所有権取得の登記を経由した場合だけ」ともされ、この意味では「実質的所有権者責任説」が維持されている。
■この登記名義人責任説の法的構成には、判例は「民法177条(類推)適用説」をとる。これは、建物乙の所有は敷地甲の占有を必然的に伴うことにより、敷地所有者Zも建物乙の所有権が誰であるかについて重大な利害関係を持つ「第三者」として、建物乙の所有権の帰属を争う関係*7と同視できるとするものである*8。また、XはYに容易に登記を移転できるのにそれを怠ったため、Yに乙を譲渡したことを第三者(このケースの場合はZ)に対抗できなくなってもやむを得ないとする。
■対して、学説では、「民法94条2項類推適用説」をとる。これはXは現在無権利者なのに、所有権があるという外観をもち、そしてYに容易に登記を移転できるのにそれを怠ったという帰責性を有することに基づく。しかし、民法94条2項類推適用が想定する本来の場面は、外観を信じたものが目的物の権利を取得することを基礎づけるのに対して、このケースにおいては、外観を信じたZは目的物乙の権利を取得するわけではないという違いがある。
■では、どのような原因による物権変動についても民法177条が適用されるといえるのか。これについては、判例*9はすべての物権変動に民法177条が適用されるとして、「無制限説*10」をとる。
■その理由としては、登記がない以上、そこには物権変動はないという第三者の信頼を保護するとして、第三者から見て重要なことは登記がないことであり、変動原因が何であるかは重要ではないからとする。また、権利者においても登記ができるのに怠った以上、権利を失っても仕方がないとその帰責性を認めるのである。だが、民法177条の趣旨がすべての制度趣旨に優先するとしてしまってよいのか、また、権利者にいつも帰責性があるといえるのかといった問題点もある。
■そこで、学説は対抗問題*11があるといえる場合に限って、民法177条が適用されるとして、「対抗問題限定説」をとる。その理由としては、民法177条の趣旨が本来排他性をもつ物権取引の安全確保に関係のある場合に限って適用するものだからとするのである。
■しかし、この説にも、対抗問題があるかどうかはどのように判断されるのかといった基準の不透明性、また、対抗問題が認められるのは民法177条が適用された結果ではないかという論点の先取りが問題点として指摘されるところである。<3>原契約を取り消した場合に、第三者に対して返還請求をできるかという問題には、その取り消しの意味をまず考える必要がある。取消は、民法121条本文*12の規定により遡及効をもつので、原契約の譲受人の所有権は喪失し無権利者となるため、その譲受人から買い受けた第三者は、民法177条の第三者とはならない。
■しかし、この取消が、民法96条1項*13に基づく詐欺*14によるものである場合は、同条3項*15の規定により、原所有者は善意(無過失)の第三者*16に対抗できないとされる。
■このときに、第三者が保護されるために登記が必要か不要かという問題については、民法177条の問題ではないとして「登記不要説」がとられる*17。なお、原契約が錯誤で無効となる場合、その第三者が保護されるかについては、錯誤のほうが詐欺の場合よりも、表意者の帰責性が大きいとして、民法96条3項を類推可能とすべきだと考えられる。また、原契約が意思無能力や公序良俗の場合で無効となる場合には、詐欺よりも強迫に近いとして、善意の第三者よりも表意者の保護を優先することが要請される。
■では、この民法96条3項による第三者保護規定が適用されない場合、つまり、強迫や制限能力者の場合における取消の場合の「第三者」の保護はどう考えるのか。判例*18は、第三者が取消後に現れた場合にのみ*19民法177条を適用するとした。これは、取消の遡及効を制限する考え方であり、確かに原契約は取消により遡及的に無効となるが、契約により一旦物権が移転したこと自体は否定されないとすることによって、第三者までの物権変動は可能とする。
■しかし、このように第三者の保護要件を民法177条にすると悪意者でも保護されることになり、取消前には民法96条3項で善意(無過失)を要求することとバランスを失しているとの批判がある。そこで、取消の遡及効を徹底して原契約を無効とすることにより、民法177条は適用しないものとし、民法94条2項類推による第三者保護を主張する説がある。この場合の第三者保護には「外観の存在」、「権利者の帰責性」、「第三者の正当な信頼」が要件となり、どの時点から「権利者の帰責性」が認められるとするかについては、取り消したのに登記を除去しないことに帰責性があると考え、取消時を基準とする「取消時説」がとられる。

*1:不動産ニ関スル物権ノ得喪及ヒ変更ハ登記法ノ定ムル所ニ従ヒ其登記ヲ為スニ非サレハ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス

*2:これに対するZの再抗弁はない。

*3:Yのほうが先に買っているので、Yが背信的悪意者となることはない。

*4:前項(相手方ト通シテ為シタル虚偽ノ意思表示ハ無効トス)ノ意思表示ノ無効ハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス

*5:大判大正6年10月22日

*6:最判平成6年2月8日

*7:つまり、対抗関係である。

*8:もともと実質的所有権者責任説では、もし、Zが建物乙を取得したのであって、侵害されているのがZの建物乙に対する物権であるならば、Zは自らが民法177条の第三者だとして、Xに登記の移転を求める主張がなされると考えられるが、この場合、Zは建物乙の所有権を取得したと主張しているわけではないので、民法177条の射程外とされていた。

*9:大判明治41年12月15日

*10:当該判例では「不動産に関する物権の得喪及び変更は『其原因の如何を問はず総て』登記法の定むる所に従ひ其登記を為すに非ざれば之を以って第三者に対抗するを得ざることを想定したもの」を示されている。

*11:両立し得ない物権相互間の優先的効力の問題

*12:取消シタル行為ハ初ヨリ無効ナリシモノト看做ス

*13:詐欺又ハ強迫ニ因ル意思表示ハ之ヲ取消スコトヲ得

*14:ここで詐欺と強迫により区別されるのは、詐欺の場合には、被詐欺者に帰責性があるとされ、第三者保護を優先するためであり、強迫の場合には、被強迫者には帰責性がないとされ、表意者保護を優先するためである。なお、同様に、制限能力者の意思表示の取消の場合も、制限能力者に帰責性はないので、表意者保護が優先される。

*15:詐欺ニ因ル意思表示ノ取消ハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス

*16:なお、民法96条3項の規定により保護される第三者は、取消がなされる前に、詐欺の事実を知らずに一旦権利を取得したはずの者に限られる「取消前限定説」がとられる。

*17:最判昭和49年9月26日

*18:大判昭和17年9月30日

*19:「登記できるのにそれを怠った者は、権利を主張できなくなってもやむをえない」という民法177条の趣旨による。取消した後にのみ、表意者は物権の復帰を登記できるのは取消した後のみであって、そのときでないと登記を怠ったとはいえないからである。