【おべんきょ情トラ】身につくロースクール/憲法1

 「国会は、必要があると認めるときは、議決により法律案を国民投票に付することができる。その場合、投票の過半数の賛成があるときは、右法律案は法律として成立する。」という趣旨の法律が制定されたと仮定する。この法律に含まれている憲法上の問題点について論ぜよ*1

summary
【1】日本国憲法が採用する代表民主制のあり方 
①主権者たる国民が選挙により代理人に権限の行使を委任する「代表制」
②被治者たる国民と為政者との間に根本的な意思の合致を認める「民主制」
⇒基本的には「代表制」だが、憲法95条及び96条の手続のように、重要な問題には「民主制」原理からのレファレンダム手続が導入されている。
【cf.国民主権の原理】<1>国家の権力行使を正当づける究極的な権利は国民に存するという正当性の契機<2>国の政治の在り方を最終的に決定する権力を国民自身が行使するという権力性の契機
⇒正当性の契機は、建前ないし理念であり、全国民が持つ。
 権力性の契機は、憲法制定権力ないし憲法改正権を指し、有権者が持つ。


【2】国会中心立法の原則及び国会単独立法の原則
 憲法41条は、「①国会中心立法の原則」及び「②国会単独立法の原則」を定める。
①国の立法権限は国会が独占するという権限分配
②国の立法は国会だけで完成し、他の国家機関の関与を許さない手続過程


【3】憲法41条の趣旨・目的 
①国会中心立法の原則の目的は、明治憲法下における緊急勅令のような制度を排する
②国会単独立法の原則の目的も、明治憲法下における天皇立法権に関して裁可権をもつような体制を排する
⇒「民主制」原理確保のため、有権者以外の国家機関が、有権者が選んだ代表により構成される国会がもつ権限を侵害しないよう定めたと解しうる。


【4】「代表制」と「民主制」 
 現代国家では、その構成員が各々の意思を示し、総ての国民が合意を達成することは、その規模や、扱う事案が複雑化、専門化していること等により、不可能である。それゆえに、直接民主制は現実的ではなく、国民は、「正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」している。また、国政上の決定には、国民に対する責任を負う者がなくてはならないという公理も前提にされなければならない。
白紙委任的な国民表決の制度は導入できないと解さねばならない。「代表民主制」に反するからである。


【5】結論
 憲法41条が定める国会中心立法の原則及び国会単独立法の原則にも反しないどころか、それらが目的とする民主主義の理念に適合する。そして、国会の自律性を確保しており、合理性があるとも考えられる。
 以上により、本問で仮定する法律の制定は、合憲である。



text

 日本国憲法が採用している代表民主制とは、次に掲げる2つの原理を協調的にとらえるものと解される。すなわち、主権者たる国民が、選挙によって代理人に権限の行使を委任するものとしての「代表制」と、被治者たる国民と為政者との間に根本的な意思の合致を認めるものとしての「民主制」の2つの原理である。
 この両者のうち、基本的には、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」と規定する(憲法前文)ように、「代表制」がとられる。しかし、全てに「代表制」を採用しているかというとそうではない。いわゆる地方特別立法に関して、地方的レファレンダムを予定する(憲法95条)ように、また、憲法改正について、国会の議決した憲法改正を必ず国民投票に付すことを定め、国会両議院の特別多数決による決定をも覆す権限を国民に与えている(憲法96条)ように、重要な問題については、「民主制」原理からのレファレンダム手続が導入されているのである。
 これらのことは、憲法が定める国民主権の原理に、次の2つの要素があることに由来する。その2つの要素とは、一方が「国家の権力行使を正当づける究極的な権利は国民に存するという正当性の契機」であり、他方が「国の政治の在り方を最終的に決定する権力を国民自身が行使するという権力性の契機」である。
 このうち、前者の正当性の契機は、建前ないし理念であり、全国民が持つものであるとされる。対して、後者の権力性の契機は、憲法を制定し国の統治の在り方を決定する憲法制定権力、そしてそれを制度化した国の統治の在り方を決める憲法改正権を指し、有権者選挙人団)が持つものであるとされる。そして、それだけではなく、権力性の契機は、通常政治の場面においても、憲法を前提にして、国家の統治制度が、当該憲法を成立させ支える意思ないし権威を活かすような統治制度が組織されなければならないという要請を帰結する。さらに、かかる統治制度とその活動のあり方を不断に監視し問うことを可能ならしめる公開討論の場が、国民の間に確保されることも要請する。
 つまり、日本国憲法においては、基本的には、有権者の選挙で選ばれる国会という機関の権限として立法権等を定めているが、国民主権をそうした単なる正当性の契機とみるだけではなく、国民は憲法下秩序のなかで活動する実力的契機も有し、代表と国民の意思が相違する場合もありうるとして、その場合における国民側からの意思表示の制度も用意しているのである。
 以上のことを前提に、果たして、本問で仮定する法律のように、「国民投票過半数の賛成により法律を成立させる」という「民主制」原理が反映された趣旨の法律を定めることが許されるのか、以下、検討する。

  • 2.国会中心立法の原則及び国会単独立法の原則

 このことについて、まず、憲法の各規定を確認すると、こうした趣旨の法律を認める明文の規定は存在しない。そして、反対に、明確に禁ずる明文規定もまた存在しない。ただし、法律の成立に関して、憲法41条は、「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」と規定し、国会中心立法の原則及び国会単独立法の原則を定めている。
 この2つの原則は、前者が、国の立法権限は国会が独占するという権限分配を意味し、後者が、国の立法は国会の手続においてのみ完成し、他の国家機関の関与を許さない手続過程を意味するものである。
 これらの原則が意味するところを鑑みると、本問で仮定する「国民投票過半数の賛成により法律を成立させる」との趣旨の法律を定めることは、立法過程の核心部分である成立を国民に委ねることであるため、立法権限を国会に独占するとの権限配分を規定した国会中心立法の原則に反すると考えられる。また、立法手続過程においても、国会以外の国民からの関与を許すことになるため、国会単独立法の原則にも反すると考えられる。
 以上により、「法律案を国民投票に付し、その結果によって法律として成立させる」旨の法律が制定された場合は、国会に認められた立法権限の独占を侵害し、国会以外の機関が立法手続過程に関与することを認めることから、憲法41条に違反すると考えられそうである。

  • 3.憲法41条の趣旨・目的

 しかし、そもそも国会中心立法の原則とは、明治憲法下における緊急勅令や独立命令のような制度を排する目的をもって定められたものである。そして、国会単独立法の原則に関しても、明治憲法下における天皇立法権に関して裁可権をもつような体制を排する目的をもって定められたものである。
 こうした憲法41条の規定が有する本来の趣旨・目的から考えると、同条の規定は、必ずしも、「代表制」原理のみを前面に押し出した結果として、「民主制」原理を否定するために定められたとはいえない。反対に、「民主制」原理を確保するために、有権者以外の国家機関が、有権者が選んだ代表により構成される国会がもつ権限を侵害しないよう定められたのだと解しうる。
 そのため、有権者と国会との関係においては、国会が独占する立法権限の一部を、その国会自身から有権者へと委ねることは、国会中心立法の原則に反しないと考えられる。また、国会のみで行うとされる立法手続に、その国会の議決によって有権者を関与させることも、国会単独立法の原則に反しないと考えられる。
 つまり、たとえ、有権者をその権限及び手続に関与させたとしても、国会中心立法の原則及び国会単独立法の原則はともに、その趣旨及び目的とするところを侵害されないといえるのである。

  • 4.「代表制」と「民主制」

 ただし、ここで留意しなければならないのは、以上のように考えることが、「民主制」原理を重要視することにつながって、逆に「代表制」原理を否定するかのような考えを生じさせないようにすることである。
 現代国家においては、その構成員が各々の意思を示し、総ての国民が合意を達成することは、その規模の問題や、扱う事案が高度に複雑化、専門化していること等により、もはや不可能である。それゆえに、いわゆる直接民主制は現実的ではなく、国民は、「正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」することとしているのである。
 また、同様の理由から、あらゆる国政上の決定について、国民に対する何らかの責任を負う者がなくてはならないという公理も前提にされなければならない。
 以上から、全くの白紙委任的なかたちでの国民表決の制度は導入できないものと解さねばならないと考える。国会が国民に対して白紙委任を行うような国民表決制度は、日本国憲法が採用している「代表民主制」に反すると考えられるのである。

  • 5.結論

 ここまでの検討をふまえると、本問で仮定する「国会は、必要があると認めるときは、議決により法律案を国民投票に付すことができる。その場合、投票の過半数の賛成があるときは、右法律案は法律として成立する」という趣旨の法律の制定は、必ずしも、違反ではないと解される。
 このことの理由は、まず、憲法41条が定める国会中心立法の原則及び国会単独立法の原則にも反しないどころか、かえって、それらの原則が目的とする、民主主義の理念に適合するともいえるからである。そして、あくまで「国会」が、「必要があると認めるとき」に「議決により法律案を国民投票に付すことができる」のであって、国会の自律性を確保しており、合理性があると考えられることも理由として挙げられる。
 なお、憲法59条1項が、「法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる」と定めていることに、文理上違反するとも解されうる。しかし、このことについては、「国会」が「議決により法律案を国民投票に付すこと」を法律の成立と解し、その「投票の過半数の賛成があるとき」に、その成立が追認されるという民法上のルールを適用する余地が十分にあるといえる。もし、「投票の過半数の賛成がないとき」には、同様に民法上のルールを適用して、その成立を遡及的に取消すよう扱えば、合理的に解釈できるといえよう。
 以上により、本問で仮定する法律の制定は、合憲である。

*1:この解答案は、【情トラ】が作成したものであり、その内容については無保証ですので、ご注意ください。