【おべんきょ情トラ】身につくロースクール/憲法8

 人事院憲法第65条との関係について説明しなさい。
 また、国家公務員法人事院に関する規定を次のように改めるとする。各々の場合における憲法上の問題点について説明しなさい*1

  • (ア)人事官の任期を10年とし、再任を認めない。
  • (イ)人事院総裁が、人事院を代表して、国家公務員の人事に関する事項について、国会に法律案を提出することを認める。

summary
【1】憲法65条と独立行政委員会について
 日本国憲法65条は「行政権は、内閣に属する」と定め、憲法に別段の定めがない限り、内閣に無関係の行政機関の設置は許されない。
⇔65条は、「唯一の立法機関(41条)」、「すべての司法機関(76条)」と異なる。
→72条は、「行政各部を指揮監督する」ことを内閣総理大臣の権限とするが、行政が全て内閣の指揮監督に服す必要はない。72条の「指揮監督」とは、人事権や予算権は把握されるが、具体的権限行使について所轄機関から指揮命令されることのない関係を意味する。
→行政作用でも、中立・公正な準司法作用や、専門的熟慮を必要とする準立法作用など、内閣から独立した機関こそ行わせるべき作用がある。
⇒合理的な理由が認められれば、内閣又は国会による改廃権限等の合目的なコントロールが担保されるという条件つきで、独立行政委員会の存在は合憲。


【2】人事院について
 人事院は、内閣の所轄の下にあるとされながらも、強い独立性をもつ。
⇒66条3項で定める一体的責任行政体制の外に人事院が存在するとの疑問視も。
人事院の設置目的は、人事行政の公正の確保及び職員の利益の保護等に関する事務であり、高度な政治的中立性が求められる。
⇒内閣は、与党からの政治的影響力を完全に排除できない。よって、人事院は、その目的達成のため、内閣からの強い独立性をもつことに合理的な理由があると認められる。


【3】具体的検討((ア)について)
 任期が内閣による統制または責任が不可能である点に問題がある。
①内閣は、衆議院議員の任期が最長4年(憲法45条)
⇒その任期も最長4年→最初に任命した内閣以外の内閣の人事権が制約される。
②裁判官は、任期が10年→裁判官と同等の独立性を認めることは、独立行政委員会が内閣の所轄の下にあるという前提を侵害する。
⇒内閣に無関係の行政機関の設置が許されないことから、合理的な理由がなく、違憲


【4】具体的検討((イ)について)
 人事院総裁が国会に法律案を提出することが、憲法41条に反するのではないか。
⇒法律案提出は、発案は立法の準備行為であり、国会が独占しなければならないものではないが、憲法73条1号及び72条から、内閣のみが国会以外に立法の提案を許されている。
 議員内閣制下における内閣の「責任」のあり方を逸脱したものといえる。
人事院総裁が国会に法律案を提出することは、合理的な理由があるとはいえず、違憲と解しうる。



text
1.憲法65条について
 日本国憲法65条は「行政権は、内閣に属する」と定めており、憲法自体に別段の定めがない限り、内閣から全く無関係の行政機関を設置することは許されないと考えられる。このことは、65条が、立法権が国会に帰属することを定める41条、司法権が裁判所に帰属することを定める76条とともに、いわゆる権力分立のもとでの権限配分規定であることが、その理由のひとつとなる。
 しかし、立法権につき「唯一の立法機関」と定めている41条、「すべての司法機関」と定めている76条と異なり、65条は、行政権につき、内閣が唯一の機関でもなく、また、内閣がその全てを行使すべきことを定めたものではない。72条においては、「行政各部を指揮監督する」ことが内閣総理大臣の権限とされているが、この規定により、行政が全て内閣の指揮監督に服さなければならないとは、必ずしも定められていないといえる。
 ここで問題となるのは、72条にいう「指揮監督」の意味するところが、必ずしも明確ではないことである。もし、この「指揮監督」が、上級行政機関として下級の機関に対して一般的に指揮・総合調整するという「統轄」を意味するものであれば、職権行為の独立を認めることはできない。しかし、ある機関が形式的には他の機関のもとに属して、人事権や予算権が把握されているものの、具体的権限行使について所轄機関より指揮命令されることのない関係にあるという「所轄」を意味するものであれば、職権の一定程度の独立を保障されているものといえる。
 このいずれを「指揮監督」は意味するかについては、後者の場合があると考えられる。その理由は、行政作用であっても、中立・公正な準司法作用や、専門的熟慮を必要とする準立法作用など、内閣から独立した機関こそ行わせるにふさわしい作用がありうるからである。つまり、憲法65条にいう行政権とは、内閣の専権事項としての執政作用と、そうではない法律の執行作用という二元的構造をもつものと理解されるべきなのである。そして、このうち後者に関しては、内閣の指揮監督権を、強く主張しないほうが良い場合があり、現実にもできないのではないかとも考えられよう。
 以上により、そうした職権行為の独立を認めるに足る合理的な理由が認められる場合には、内閣による統轄権までは必要がないと考えられる。したがって、内閣または国会による当該機関に関する改廃権限などといった、合目的なコントロールさえ担保されていれば、いわゆる独立行政委員会の存在が合憲だといえる。
 ただし、その独立性の程度によっては、それが当該機関の目的から逸脱するようなものであれば、その合憲性に疑義が生じることもありうる。以下は、具体的に人事院に関し、その独立性について検討する。


2.人事院について
 人事院は、給与その他の勤務条件の改善及び人事行政の改善に関する勧告、職階制、試験及び任免、給与、研修、分限、懲戒、苦情の処理、職務に係る倫理の保持その他職員に関する人事行政の公正の確保及び職員の利益の保護等に関する事務をつかさどる(国家公務員法(昭和22年法律第120号)3条)。
 その設置に関しては、内閣の所轄の下にあるとされていながらも、次に掲げるような独立性をもつ。すなわち、①人事官は身分保障をもつこと(国家公務員法8条1項)、②人事院規則の制定権を与えられていること(同法16条1項)、③内部機構管理権をもつこと(同法4条4項及び13条2項)、④国会に対し直接、報告・勧告等を提出することができること(同法23条、24条、28条2項、29条5項、63条2項、95条、103条9項及び108条)、⑤経費に関して特別の規定が設けられていること(同法13条3項及び4項)等といった強い独立性である。このような強い独立性は、人事院が、内閣からの指揮監督権から、その職権行使のうえで自由であり、独自に国家意思の表明ができることを示している。
 しかし、このような強い独立性をもっていることは、憲法66条3項に「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ」と定める一体的責任行政体制の外に、人事院が存在しているのではないかと疑問視されうることにもなる。要するに、人事院はその独立性の強さゆえに、その存在の合憲性が問われることになるのである。
 もっとも、人事院の設置目的は、職員に関する人事行政の公正の確保及び職員の利益の保護等に関する事務をつかさどることとされる。このことからは、当然のこととして、職務を行うにあたって高度な政治的中立性が求められることになる。民主的な統治組織と成績本位の原則による能率的な事務の処理を行うためには、政党などの政治的影響力を完全に排除できる独立性、公平性、公正性が求められるのである。
 ここで内閣が、そうした独立性、公平性、公正性が果たせるかというと、内閣総理大臣が国会議員の中から国会の議決で指名される以上、与党からの政治的影響力を完全に排除できるものではない。よって、人事院は、その目的達成のため、内閣からの強い独立性をもつことに合理的な理由があると認められることになる。
 つまり、人事院の独立性は、内閣が政治的影響力を完全には排除しえないという、誠実な法律執行の挫折がひとつの要因として認められるものである。また、公務員の労働基本権の制限に対する代償措置として、公務員労使関係のための公正な第三者機関の役割を果たすことが期待されているという準司法作用の必要性も、ひとつの具体的な要因に挙げられるといえる。


3.具体的検討((ア)について)
 以上をふまえて、本問における国家公務員法人事院に関する規定の改正について、検討する。
 まず、「(ア)人事官の任期を10年とし、再任を認めない」との規定の問題点は、次に掲げるとおりである。すなわち、人事官の任命は、両議院の同意を経て、内閣が行う(国家公務員法5条1項)とされるが、任期を10年とすると、その任期が内閣による統制または責任が不可能である点に問題がある。
 そもそも内閣は、衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があつたときは、総辞職をしなければならない(憲法70条)以上、衆議院議員の任期が最長4年である(憲法45条)ために、内閣の任期も最長4年となる。とすると、人事官の任期が10年となれば、必然的に、少なくとも3つの内閣のもとで、その人事官は職務に就くことになる。この場合、少なくとも最初に任命した内閣はその人事権を行使したことになるが、そのほかの内閣はその人事権を制約されたとも考えられるところである。
 また、本規定のように任期を10年とされるのは、憲法上、裁判官しかない。この裁判官と同等の独立性を認めることは、独立行政委員会があくまで内閣の所轄の下にあるという前提を侵害することになりかねないのである。
 これらのことは、憲法65条の「行政権は、内閣に属する」との定めから、内閣に全く無関係の行政機関の設置が許されないと考えられることからすれば、当初、当該人事官を任命した内閣が当然に存続し得ない期間をもって、その任期とすることは、合理的な理由があるとはいえず、違憲と解しうるところである。


4.具体的検討((イ)について)
 続いて、「(イ)人事院総裁が、人事院を代表して、国家公務員の人事に関する事項について、国会に法律案を提出することを認める」との規定の問題点は、次に掲げるとおりである。すなわち、人事院総裁が国会に法律案を提出することが、憲法上何ら根拠がないものであって、憲法41条に反するのではないかとの点に問題がある。
 そもそも法律案提出権については、立法の一部として国会のみが有するとの見解もあるが、発案は立法そのものではなく、立法の準備行為とみて国会が独占しなければならないものではない。しかし、国会以外の機関等当該権限を行使できるとするならば、なんらかの法的根拠を要するであろう。ここで、憲法が内閣の権能のひとつとして「法律を誠実に執行し、国務を総理すること」(73条1号)を掲げていること、そして、「内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出」すること(72条)を定めていることから、内閣のみが国会以外に立法の提案を許されていると考えられるのである。
 以上のように、議員内閣制下における内閣の「責任」のあり方を逸脱したものといえることからすれば、人事院総裁が国会に法律案を提出することは、合理的な理由があるとはいえず、違憲と解しうるところである。

*1:この解答案は、【情トラ】が作成したものであり、その内容については無保証ですので、ご注意ください