【おべんきょ情トラ】身につくロースクール/憲法9

 日本道路公団総裁の任免権は国土交通大臣が有するところ、現在の総裁Aが、道路公団を民営化するという内閣の基本方針に協力的でなく、国会に対して虚偽の報告を行うなどの職務上の義務違反があるとして、内閣総理大臣Bが国土交通大臣Cに対して総裁Aの解任を指示した。しかし、Cが総裁Aの解任に反対したため、内閣総理大臣BはCを罷免し、自ら国土交通大臣を兼務して総裁Aを解任した。この場合の憲法上の問題点について論じなさい*1

summary
【1】内閣総理大臣国務大臣に対する指揮監督権限について
 総理が各省大臣に対し指示権限を行使するには、次の要件が必要。
(1)総理が各省大臣に指示する行為が、当該各省大臣の職務権限に属すること
(2)総理が各省大臣に対し働きかける行為が、総理の職務権限に属すること
⇒(1)は、当然。(2)は、何を総理の職務権限とするかは、閣議決定した方針の存在が必要。


【2】内閣総理大臣国務大臣に対する指示権限について
 しかし、閣議決定方針がないと、総理は各省大臣に指示ができないわけではない。
⇒総理の指示権限は憲法72条に基づき、閣議により発生するのではない。
①総理指示に強制的法的効果を伴わせる→内閣法6条に基づき閣議決定した方針が必要。 ②その方針を欠く→強制的な法的効果を伴わない指導・助言等を与える権限はもつ。
⇔総理は、国務大臣を任意に罷免できるので、限定したとしても意味がないとする見解。
→総理が国務大臣を任意に罷免できる規定があるからといって、自由に行使できるものでもない。内閣の統一性確保のため、指導・助言等の指示権限がある。


【3】内閣総理大臣の指揮監督権限に関する裁量について
閣議で一般的基本的な大枠による方針決定があれば、当該方針の範囲内は、総理の自由裁量⇒内閣総理大臣の優越的地位から裁量を許す。
閣議決定した具体的事項を実施せず、または、その決定に反したことを行う担当大臣に対してのみ、総理は指揮監督権限を行使→行政権の主体は総理ではなく内閣であり、内閣が合議制であること、また、分配管理原則から、裁量を許さない。
⇒流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応の重視。総理が内閣を統率する優越的地位にある①の立場→内閣法6条「閣議にかけて決定した方針に基づいて」との文理にも合致。


【4】本問に関する具体的検討について
(1)総理が国土交通大臣に指示する行為が、国土交通大臣の職務権限に属しているか。
日本道路公団総裁の任免権は国土交通大臣が有している(日本道路公団法13条2項)。
(2)総理が国土交通大臣に対し働きかける行為が、総理の職務権限に属しているか。
⇒「道路公団民営化」の基本方針に反しない限りは、総理の職務権限に属する。
⇔もっとも、Cの罷免及びAの解任が、本人の意思に反する不利益処分に相当。
→指示は、指導・助言等ではなく、強制的法的効果を伴う指揮監督権に基づく必要。
→「道路公団を民営化するという内閣の基本方針」は閣議決定の必要。
道路公団民営化で、総裁が果たすべき役割は大きくAの非協力的な態度及び職務上の義務違反は、内閣の方針達成に支障をもたらすと予見
→A解任が必要不可欠。Aの解任指示へのCの反対も同様の支障をもたらし、罷免も避けられない。



text
1.内閣総理大臣国務大臣に対する指揮監督権限について
 内閣総理大臣は、憲法上、行政権を行使する内閣の首長として(66条)、国務大臣の任免権(68条)、内閣を代表して行政各部を指揮監督する職務権限(72条)を有するなど、内閣を統率し、行政各部を統轄調整する地位にある。また、内閣法においても、内閣総理大臣は、閣議を主宰し(4条2項)、閣議にかけて決定した方針に基づいて、行政各部を指揮監督し(6条)、行政各部の処分又は命令を中止させることができる(8条)と定められる。
 これらの規定をふまえ、内閣総理大臣が各省大臣に対して指示の権限を行使し得るためには、まずは次の2つの要件が必要であると考えられる。すなわち、「(1)内閣総理大臣が各省大臣に行うべきと指示する行為が、当該各省大臣の職務権限に属すること」であり、「(2)内閣総理大臣が各省大臣に対し働きかける行為が、内閣総理大臣の職務権限に属すること」である。
 このうち、(1)は、そもそも各省大臣の職務権限に属さないことを内閣総理大臣が指示したとしても何ら意味がなく、必然的に内閣総理大臣の職務権限外の行為になることになるので、当然の要件といえる。そして、(2)については、何をもって内閣総理大臣の職務権限とするかについては、内閣法6条の定めにより、閣議にかけて決定した方針が存在することが必要だと考えられよう。


2.内閣総理大臣国務大臣に対する指示権限について
 しかし、閣議にかけて決定した方針がない限り、内閣総理大臣は各省大臣に対して指示ができないかといえば、そうではないと解されるところである。このことについては、次に掲げるような考え方がある。
 まず、①内閣総理大臣の指示権限は、憲法72条に基づくものであって、閣議によって発生するものではないとする考えである。この場合、内閣総理大臣の指示に強制的な法的効果を伴わせるためには、内閣法6条に基づき、閣議にかけて決定した方針の存在を必要とする。ただし、その方針を欠く場合であっても、内閣法6条による指揮監督権限の行使ができないだけで、強制的な法的効果を伴わない指導・助言等の指示を与える権限は何らの影響を受けず存在することとなる。
 次に、②内閣総理大臣の指示は、憲法72条に基づくものとするが、内閣法6条に定める手続により指揮監督権限を行使するのに先立つ代替的先行措置または前置手続として、指導・助言等の指示を行いうるとする考えである。この場合、閣議の決定を行う前であっても、内閣総理大臣は自らが所期する方針を指導・助言等により各省大臣に伝え、それぞれに任意の履行を求めることができることとなる。
 そして、③内閣総理大臣の指示は、憲法72条の指揮監督権限そのものではなく、それよりも広く、当該指揮監督権限を含んだ内閣の首長としての内閣総理大臣の地位及びその権限全体に基づくものとする考えである。この場合、憲法72条に規定されている指揮監督権限を行使するには、具体的に内閣法6条の手続を必要とするが、指導・助言等には当該手続を必要としないこととなる。
 最後に、④内閣総理大臣の指示は、憲法72条の指揮監督権限を1つの根拠としながら、国務大臣の任免権(憲法68条)や行政各部の処分中止権(内閣法8条)等をも考慮して、内閣総理大臣の内閣の首長としての憲法上の地位に基づくものとする考えである。この場合、内閣総理大臣は、極論すれば、憲法72条の規定がなくとも、その他の法的根拠をもって各大臣を指導・助言等ができることとなる。
 以上に掲げた考え方は、内閣総理大臣の指示に関する法的根拠に、それぞれ異なる力点を置くが、そのどれもが、閣議で決定した方針がなくとも、内閣総理大臣は他の国務大臣に対して指示できると解するものである。ただし、その指示とは、閣議で決定した方針がない限りは、指導・助言等の範囲内にとどまり、強制力を伴う法的効果がある指揮監督権限ではないとされることも、いずれの考え方にも共通しているところである。
 なお、こうした考えに対して、内閣総理大臣は、国務大臣を任意に罷免できる(憲法68条)のであって、閣議で決定した方針がない限りは、強制的な法的効果を伴う指揮監督権限を行使できないとしても、あまり意味がないとする見解がある。だが、この見解には、内閣総理大臣国務大臣を任意に罷免できるとの規定があるからといって、実際上は自由にそれを行使できるわけでもなく、内閣としての統一性確保のために、指導・助言等の指示権限があるとの反論が考えられよう。


3.内閣総理大臣の指揮監督権限に関する裁量について
 それでは、内閣総理大臣が、強制的な法的効果を伴う指揮監督権限を行使するとして、いかなる内容の方針が閣議で決定されていれば、いかなる内容の指揮監督権限が行使できるのか。
 このことについては、閣議において一般的、基本的な大枠による方針決定がされれば、その細部にあたる個別的具体的な事項に関しては、改めて閣議決定をする必要はなく、当該基本的方針が示す枠の範囲内であれば、いかなる場合にどのような事項について指揮監督権限を行使するかは、内閣総理大臣の自由裁量に属するとする見解が考えうるところである。
 しかし、反対に、あくまで行政権の主体は、内閣総理大臣ではなく内閣なのであり、内閣が合議制であること、そして、主任大臣が分配して行政事務を管理するという原則(内閣法3条1項)を無視して、内閣総理大臣を独裁者にするとして許されないとの批判がありうる。この場合には、正式に閣議決定した具体的事項を実施せず、または、その決定に反したことを行う担当大臣に対してのみ、内閣総理大臣は指揮監督権限を行使できることになると考えられる。
 この両者のいずれを採るかについては、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応することが重視される今日においては、内閣総理大臣が他の国務大臣の上位にあって内閣を統率する優越的地位にあることを重視すべきであろう。つまり、閣議決定された基本方針に基づき、内閣総理大臣が行政各部に対する指揮監督権を行使しようとする場合には、当該個別具体的な指揮監督事項に関して、そのつど閣議にかける必要はないとする前者の見解のように解するのが妥当である。
 そして、このことは、内閣法6条が「閣議決定に基づいて」と規定することなく、「閣議にかけて決定した方針に基づいて」と規定した文理にも合致するところである。
 なお、この見解の立場からは、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合でも、内閣総理大臣は、少なくとも内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等を与えることができると考えられる。


4.本問に関する具体的検討について
 以上をふまえて、内閣総理大臣国土交通大臣に対し、本問に示すような指示権限を行使し得るのか、憲法上の問題点について具体的に検討する。
 まず、(1)内閣総理大臣国土交通大臣に行うべきと指示する行為が、国土交通大臣の職務権限に属しているか。これは、日本道路公団総裁の任免権は国土交通大臣が有していること(日本道路公団法13条2項)により、要件をみたす。
 続いて、(2)内閣総理大臣国土交通大臣に対し働きかける行為が、内閣総理大臣の職務権限に属しているか。これについては、「道路公団を民営化するという内閣の基本方針」が閣議決定を経たものかどうか明らかではないが、次のように考えることができよう。
 すなわち、当該基本方針が閣議決定されたものであれば、内閣法6条の規定から、内閣総理大臣国土交通大臣に対して働きかける行為は、内閣総理大臣の職務権限に属しているといえる。そして、当該基本方針が閣議決定されたものでなくとも、内閣の明示の意思に反しない限りは、内閣総理大臣は、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を持つといえるのである。
 したがって、「道路公団民営化」の基本方針に反しない限りは、内閣総理大臣国土交通大臣に対して働きかける行為は、内閣総理大臣の職務権限に属しているといえる。
 もっとも、本問では、「内閣総理大臣Bが国土交通大臣Cに対して道路公団総裁Aの解任を指示したが、CがAの解任に反対したため、BはCを罷免し、自ら国土交通大臣を兼務してAを解任した」とする。このCの罷免及びAの解任が、いずれも本人の意思に反する不利益処分に相当することを鑑みると、BからCへの指示は、指導・助言等にとどまるものではなく、強制的な法的効果を伴う指揮監督権に基づかなければならないと解すべきである。
 それゆえに、「道路公団を民営化するという内閣の基本方針」は閣議決定されたものである必要がある。そして、当該方針の枠内に、「Aが、道路公団を民営化するという内閣の基本方針に協力的でなく」、「国会に対して虚偽の報告を行うなどの職務上の義務違反がある」ことをもって、「BがCに対してAの解任を指示」すること、さらには「BがCを罷免し、自ら国土交通大臣を兼務してAを解任」することが含まれる必要もあると考えられる。
 以上から、まず、「道路公団を民営化するという内閣の基本方針」が閣議決定されていなかった場合はどうか。この場合、本問における「Cの罷免及びAの解任」は、内閣総理大臣の指揮監督権限の範囲を逸脱するとして認められず、違憲であると解される。
 次に、「道路公団を民営化するという内閣の基本方針」が閣議決定されていた場合、当該方針の枠内に「Aが内閣の基本方針に協力的でなく」、「職務上の義務違反がある」ことをもって、「BがCに対してAの解任を指示」すること、さらには「BがCを罷免し、国土交通大臣を兼務してAを解任」することが含まれるか。
 この点、「道路公団を民営化するという内閣の基本方針」には、Aを解任するという個別的で具体的な事項は含まれておらず、また、解任が本人の意思に反する不利益処分になることからも、その方針の枠内に含まれないとの見解がありうる。しかし、道路公団の民営化に向かって、総裁が果たすべき役割は非常に大きく、Aの非協力的な態度及び職務上の義務違反は、道路公団民営化という内閣の基本方針の達成に大きな支障をもたらすことが容易に予見される。そのため、「職務上の義務違反」があり、「その他役員たるに適しない」と認められるとして、Aの解任が必要不可欠と言わざるを得ず、その解任の指示も閣議にかけて決定した方針の枠内から逸脱するものではない。
 そして、Aの解任が、内閣の基本方針達成に必要不可欠との判断がなされうる以上は、そのAの解任指示に対するCの反対も、同様に大きな支障をもたらすものと認められ、罷免も避けられないと言えよう。
 よって、本問における「BによるCに対するA解任の指示」及び「BによるCの罷免及びAの解任」は、内閣が閣議で決定した方針の範囲内におけるBの指揮監督権及び大臣罷免権の行使の結果であるとして、憲法上認められると解される。

*1:この解答案は、【情トラ】が作成したものであり、その内容については無保証ですので、ご注意ください。