【おべんきょ情トラ】身につくロースクール/憲法10

 内閣はA国と国際的テロリストの捜査に関する条約を締結した。その条約の1箇条は、一方当事国が、国際テロリストの疑いがある人物を記載した名簿を他方当事国に通知した場合、他方当事国は当該名簿に登載されている者でその管轄内に所在している者の通信を傍受し、必要な情報を一方当事国に提供する旨が定められていた。
 内閣が国会に対して承認を求めたところ、国会が次の(1)又は(2)のような対応をしたとする。各場合の憲法上の問題について論じなさい*1
 (1) 衆議院及び参議院ともに、憲法の通信の秘密を侵害する恐れがあるとして、通信傍受に関する条項を削除する修正を行った上で、本条約を承認した。
 (2) 衆議院は一括して承認の議決を行ったが、参議院憲法の通信の秘密を侵害する恐れがあるとして通信傍受に関する条項を削除する修正を行った。その後、両院協議会が開催されたが意見の一致をみず、衆議院の議決が優越し、条約は全て承認された。 しかし、参議院の反対があることから、当該条項を実施するための法律案が成立する見込みがないため、内閣は当該条項を自動執行性があると判断して、通信傍受を実施しようとしている。
 ※ なお、検討に際しては、「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」は存在しないと仮定しなさい。

summary
【1】内閣の条約締結権と国会の承認権の関係について
 憲法上、内閣は、外交関係を処理すること(73条2号)及び条約を締結すること(73条3号)を行うとされ、国会は、条約を事前または事後に承認すること(73条3号但書)を行うとされる。この内閣の条約締結権と国会の承認権の関係を、どのように解すべきか。
⇒条約締結行為は、外交関係処理の一環として、国会よりも内閣が適任とされる。
 ①条約遵守義務(98条2項)があること
 ②条約の締結に国会の承認を要すること
 ③国家間の法的秩序の安定性を維持するために条約の形式的効力が法律よりも強いとされること
⇒内閣の条約締結権に対し、国会の民主的コントロールを及ぼす必要
→内閣の条約締結権による、唯一の立法機関たる国会の権限への侵害を「阻止する権限」としての承認権の存在。
→事前であれ事後であれ国会の承認を欠く条約は、国内法上無効。
国際法上の効力は、直ちに無効となるわけではないが、当該条約締結行為に明白でありかつ基本的な重要性を有する国内法の規則に係る違反があれば、無効。


【2】国会による条約修正権の有無について
(1)の対応…当該条約の修正ができるか。条約締結行為には相手国が存在し、一方当事国の単独意思のみで一部修正することは不可能
→国内法上全て無効、内閣は、国会から修正案での再交渉の事前承認が与えられただけ。


【3】自動執行性の有無について
(2)の対応…参議院で削除するとの修正がなされた条項が、自動執行性があるか。当該条約に掲げる通信傍受に関する条項は、それを実施する旨だけを定め、その通信傍受に関する実体的要件や、その実施に関する手続要件等を、何ら明確かつ具体的に示していない。
 通信傍受のような憲法上保護される通信の秘密を侵害する内容であれば、明確性及び完全性が求められ、本条約については、自動執行性を否定せざるを得ない。



text
1.内閣の条約締結権と国会の承認権の関係について
 憲法上、内閣は、外交関係を処理すること(73条2号)及び条約を締結すること(73条3号)をその事務として行うとされる。対して、国会は、条約を事前または事後に承認すること(73条3号但書)をその事務として行うとされる。これらの内閣の条約締結権と国会の承認権の関係を、どのように解すべきか。
 このことに関して、まず、条約締結行為は、実務上は、専門的・技術的判断が求められることが多いこともあり、外交関係を処理することの一環として捉えられるものである。そのため、憲法においては、条約締結行為に関しては、国会よりも内閣が適任だとして、「条約を締結する権限」を内閣に与えていると考えられる。
 そして、そのうえで、条約遵守義務(98条2項)があること、条約の締結に国会の承認を要するとされていること、さらに、国家間の法的秩序の安定性を維持するために条約の形式的効力が法律よりも強いとされることをもって、内閣の条約締結権に対して、国会による民主的コントロールを及ぼす必要があるとされたと解すべきであろう。つまり、内閣が条約締結権をもってして、唯一の立法機関たる国会(41条)の権限を侵害することを「阻止する権限」として、国会に対して承認権が与えられたと考えられるのである。
 なお、こうした内閣と国会の関係を、条約締結権が両者によって分有されているものとして、両者の協働行為であるとする考え方がある。しかし、そもそも条約締結には必ず相手国がいるのだから、その条約締結行為は相手国に向けられなければならない。換言すると、条約締結を内閣と国会の協働行為と考えた場合、国会の承認についても相手国に向けられる必要があると考えられる。ところが、憲法は、国会の承認について相手国への意思表示を求めていないのであって、このことから、国会の承認権を内閣の条約締結権とともに条約締結権の一部であるとの意味にとる考え方には、問題があるといえよう。
 したがって、国会による条約の承認とは、条約が有効に成立するための要件であり、事前であれ事後であれ国会の承認を欠く条約は、国内法上、当該条約の全ての条項につき無効となると解する。
 もっとも、当該条約に関する国際法上の効力はどうか。これについては、条約法に関するウィーン条約(昭和56年条約16号)46条において、「いずれの国も、条約に拘束されることについての同意が条約を締結する権能に関する国内法の規定に違反して表明されたという事実を、当該同意を無効にする根拠として援用することができない」と定められていることから、事前であれ事後であれ国会の承認を欠く条約であっても、国際法上は直ちに無効となるわけではない。しかし、当該違反が明白でありかつ基本的な重要性を有する国内法の規則に係るものである場合は、やはり国際法上においても無効となる。
 以上をふまえて、本問における国会の対応について順次検討することとする。


2.国会による条約修正権の有無について
 まず、(1)の対応については、そもそも、国会が条約を承認するにあたって、当該条約の一部の条項を削除する等の修正を行うことができるのかという疑義がある。このことに対して、内閣が条約を締結したことによって、当該条約は国際法上は有効に成立しているとし、国会による事後的な修正は、条約の国内法的実施に際して留保を付すものであるとの見解がある。
 確かに、条約締結権が内閣と国会によって分有されているとの考え方にたてば、このような一部修正は可能と考えうるところである。しかし、国会の承認権とは、内閣の条約締結権が国会中心立法の原則を侵害することを阻止する権限である。そもそも条約締結行為には相手国が存在するものであり、特に本問においては、既に内閣が条約を締結していることもあって、それを一方当事国の単独意思のみをもって一部修正することは不可能と解すべきである。
 したがって、(1)の対応により、当該条約は、その全ての条項にわたって国内法上無効であり、内閣は、国会から修正案による再交渉の事前承認が与えられただけであると考えられる。


3.自動執行性の有無について
 次に、(2)の対応については、参議院において削除するとの修正がなされた通信傍受に関する条項が、果たして、自動執行性があると判断できるのかという疑義がある。このことに対しては、確かに当該条約は、衆議院の議決が優越し、その全てが承認されたことにより、国内法としての効力が付与されている。また、日本国憲法は条約に関して一般的受容方式が採用されていることからそれゆえに*2、何らの国内的な措置を必要とせず,国内において執行することのできる条約として考えられ、行政庁が法律によらず国内的に実施できると考えられなくはない。
 しかし、当該条約に掲げる通信傍受に関する条項は、単に「一方当事国が、国際テロリストの疑いがある人物を記載した名簿を他方当事国に通知した場合、他方当事国は当該名簿に登載されている者でその管轄内に所在している者の通信を傍受し、必要な情報を一方当事国に提供する旨」だけを定め、その通信傍受に関する実体的要件や、その実施に関する手続要件等について、何ら明確かつ具体的に示していない。
 そもそも、通信傍受のような憲法上保護される通信の秘密を侵害する内容であれば、その規定内容が明確でなければならないことは当然である(明確性)。そして、こうした内容を執行する際には、憲法は国会にその立法権を認めているところであり、その手続は条約承認よりも成立要件が厳しくなっている。したがって、この条約内容を自動執行することは、国会の立法権を侵害することにもなりかねないので、憲法の定める手続に従って立法化されることが要請される(完全性)*3。よって、すでに国内法として存在する規定を一部補充・変更したり、特則を設ける程度のものであればともかく、本問では、そうした法は存在していないのであって、当該条約において権利の発生、存続及び消滅等に関する実体的要件や権利の行使等についての手続要件、更には国内における既存の各種の制度との整合性等細部にわたり詳密に規定されていない場合には、その自動執行性は否定せざるを得ないというべきである。
 以上から、(2)の対応により、当該条約に掲げる通信傍受に関する条項は自動執行性をもたず、国会において、その実体的要件や手続要件を詳細に定めた立法がなされない限り、通信傍受を実施することは許されないと考えられる。

*1:この解答案は、【情トラ】が作成したものであり、その内容については無保証ですので、ご注意ください。

*2:修正・追記

*3:追記