【おべんきょ情トラ】身につくロースクール/憲法・行政法11

 XはAと売買契約を締結し土地甲を買い受けたが、所有権移転登記を行わなかった。Y税務署長は、甲地の所有者がXであることを知りつつ、登記名義人Aの国税滞納を理由にA所有名義の土地甲を差押え、公売処分に付して、Zに売却し、Zは所有権移転登記を行った。そこで、Xは行政法上の法律関係においては民法第177条の適用はないとして、公売処分の無効確認とZの所有権移転登記の抹消をもとめて出訴した。Xの主張について検討しなさい*1

summary
【1】租税滞納処分と民法177条
 民法177条「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない」


【2】Xが主張する「公法・私法二元論」
 公法・私法二元論
①行政目的の公益性が重視される場面…行政・市民間で行政の一方的な権力性及び市民の従属性を強調
②市民個々人の自由意思が重視される場面…市民・市民間で市民の相互的な規律性を尊重
⇒「行政行為」による強制処分…行政の権力性が強調、私法上の効果が全て否定
 「民事取引」による自由処分…私的自治が強調、行政法規違反だけで、私法上の効力は否定されない
⇒租税滞納処分に関する法律関係は、私法上の全ての効果が否定されるとする。


【3】実定法解釈からの「公法・私法相互依存」
 国税滞納処分とは、租税債権につき、執行機関として、強制執行の方法により満足を得ようとするもの。滞納者の財産を差し押さえた国の地位は、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類する。
 したがって、私法上の差押権者は民法第177条の第三者に該当することからも、滞納処分として差押・公売の関係においても、民法第177条の適用を認めるべき。


【4】結論として
 民法第177条の「第三者」とは、登記欠缺を主張する正当の利益を有する者に限定。
→本問の場合、Yは、甲地がXの所有に属すると知っており、このときに、Yが甲地にかかる固定資産税をXから徴収していたとすれば、これは、財産税についてX所有と認めながら、差押えについてはX所有を否定するという矛盾的態度。
⇒行政機関は、その公益性からも、私人と比べ強く信義則の遵守が求められることから、背信性が認められ、Yは、民法第177条にいう「第三者」には該当しないと評価。
→Yに第三者該当性が認められなければ、Yの租税滞納処分は法執行の適正化の見地から無効と考えられる。
⇒①行政法上の法律関係において民法第177条の適用はある。
 ②本件では、Yが背信的悪意者として民法第177条の第三者に該当しない。
 ③本件では、租税滞納処分が無効となる。
⇒Xが主張するZの所有権移転登記の抹消が認められる。



text
1.租税滞納処分と民法177条
 民法177条は、「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない」と定める。つまり、本問において、Xは、「土地甲に関してAと売買契約を締結し買い受けたが、所有権移転登記を行っていなかった」ことにより、「Y税務署長が、登記名義人Aの国税滞納を理由にA所有名義の土地甲を差押え、公売処分に付す」ことに対抗できないことになると考えられる。
 しかし、Xは、行政法上の法律関係においては民法第177条の適用はないと主張する。以下、このことについて検討する。


2.Xが主張する「公法・私法二元論」
 まず、Xがいうところの「行政法上の法律関係においては民法の適用がない」との主張は、次のような伝統的な公法と私法の二元論をその基礎としていると考えられる。すなわち、行政目的の公益性が重視されるような場面においては、行政と市民との間における行政の一方的な権力性及び市民の従属性を強調し、市民個々人の自由意思が重視される場面においては、市民と市民との間における市民の相互的な規律性を尊重する考えである。
 こうした公法・私法二元論のもとにおいては、「行政行為」による強制処分であるとされると、行政の権力性が強調され、私法上の様々な効果が全て否定されることとなる。反対に、「民事取引」による自由処分であるとされると、一転して私的自治が強調され、単に行政法規に違反しただけでは、その私法上の効力は否定されないことになる。そして、このような見解が、従来は支配的だったのである。
 本問のケースでは、「Y税務署長が、登記名義人Aの国税滞納を理由にA所有名義の土地甲を差押え、公売処分に付す」ことが、これらの差押え及び公売処分は、国税徴収法に基づく処分であるため、まさに伝統的な理解によれば、公法に基づく処分の中心的存在と考えられる。それゆえに、租税滞納処分に関する法律関係については、私法上のすべての効果が否定されることとなり、民法第177条の適用はないとして、甲地の真の所有者であるXは、登記がなくとも第三者であるYに対抗できると主張するところなのである。

 
3.実定法解釈からの「公法・私法相互依存」
 もっとも、民法第177条の第三者とは、(物権得喪及び変更の原因たる行為の)当事者及び(その物権変動により直接法律上の効果を受ける者並びに)そ(れら)の包括承継人以外の者であって、(当該)物権の得喪及び変更に関する登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する者とされる。これには、たとえば、二重譲受人などの所有権取得者や、地上権者・抵当権者などの他物権取得者、そして、差押債権者・仮差押債権者などの当該物権につき一種の支配関係を取得した債権者などが該当する。
 このことをふまえると、だが国税滞納処分とは、国が有する租税債権につき、自ら執行機関として、強制執行の方法によりその満足を得ようとするものである。り、この場合、滞納者の財産を差し押さえた国の地位は、当該物権につき一種の支配関係を取得した債権者といえて、あたかも、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類するものということができる。このような実定法解釈からすると、租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において、国が一般私法上の債権者より不利益の取り扱いを受ける理由となるものではない(最高裁昭和35年3月31日第一小法廷判決)。
 したがって、私法上の差押権者は民法第177条の第三者に該当すること、また、強制執行と租税滞納処分とは、債権の強制的満足の段階において債務者の財産に対してなされる公権力の行使である点で共通していること、さらには、公売処分により、土地甲を買受けて、所有権移転登記を行ったZからしても、もし二重譲渡の譲受人から転得した場合には、当該譲受人が民法第177条の第三者に該当して、Zも保護されることになるにもかかわらず、より厳正な手続を経た公売処分により取得した場合には、当該公売処分者が民法第177条の第三者に該当しないとされることで、Zも保護されなくなるのでは、Zの取引安全及び信頼保護を大きく損なうことなどから、滞納処分として差押・公売の関係においても、民法第177条の適用を認めるべきと考えられるのである。
 これは、伝統的な公法・私法二元論が実定法を無視する形で、公法と私法が相互に参照することを硬直的に認めなかったことの反省に基づくものである。つまり、確かに、何らかの根拠法によって、所定の実体的権利義務関係を形成すべくなされた行政行為には、民法第177条のような私法規定・私法原則は適用されないままとされる。しかし、行政処分が実定法上の解釈によると、そうした私法規定・私法原則の適用を受けるべきとされる場合には、その他に特別の法律の定めがない限りは、行政法関係にも適用可能であるとする見解がその背景にあるといえよう。
 なお、この見解からさらに進んで、現代は、行政法と民事法との間で多様な協力・補完関係の構築が要請される時代となっているともいえる。たとえば、消費者保護に関する法や公害防止協定などの仕組みは、その典型といえる。前者は、私的な取引において、資金的にも情報量からも優位に立つ企業側が不当な行為を行うことについて、行政による規律が要請される。そして、後者は、従来は法的整備のみに頼っていた規制措置について、企業と行政、または、企業と市民との間で公害防止を目的とした契約が締結される。この両者ともが、公法・私法相互が依存協力している関係にあることは、明らかなのである。


4.結論として
 以上により、本問の場合において、租税の強制徴収として、登記簿に基づき滞納者の財産を差し押さえ、当該財産を公売する処分に関して、民法第177条の適用があることを認められる。
 もっとも、民法第177条の「第三者」とは、先に記したように*2登記欠缺を主張する正当の利益を有する者に限定される。この点、本問においては、Yは租税滞納処分により第一譲受人Xの権利を害したが、不当な利益を得る目的を有してはおらず、正当な取引の範囲を逸脱するようなことはしてない。よって、自由競争原理から、他人が物権を取得した場合でも、より有利な条件を提供して争うことも許されると考えられる。また、先に物権を取得した者は、ただちに登記をして自分の地位を確保すべきだったのに、Xがそれを怠ったのだから権利を失ってもやむをえないとも考えられる。したがって、Yは、Xの登記欠缺を主張する正当な理由を有する者に該当するといえよう。
 ただし、本問の場合、Yは、甲地がXの所有に属すると知っており、このときに、Yが甲地にかかる固定資産税をXから徴収していたとすれば、これは、財産税についてX所有と認めながら、差押えについてはX所有を否定するという矛盾的態度ということになる。
 そもそも行政機関は、その公益性からも、私人と比べ強く信義則の遵守が求められると考えられることからは、この矛盾的態度が信義則違反と認められる可能性は高い。このような場合においては、Yは、民法第177条にいう「第三者」には該当しないと評価できるところである。
 そして、Yに民法第177条の第三者該当性が認められなければ、Yが、甲地の所有者がXであることを知りつつ、何ら所有権を有しないAに対して、差押え及び公売という租税滞納処分を行ったところで、行政処分の適正化の見地からすると、同処分が有効と認められるかどうかは、必ずしも明らかではない。つまり、Yが、無権利者でしかないAを名宛人として行政処分を行ったことが、そもそも無効であると評価できうるのである。
 よって、このような場合においては、行政法上の法律関係において民法第177条の適用があるとしても、Yが背信的悪意者として民法第177条の第三者に該当しないこと、さらに、租税滞納処分が無効となることをもって、Xの主張するZの所有権移転登記の抹消が認められると考えられる。

*1:この解答案は、【情トラ】が作成したものであり、その内容については無保証ですので、ご注意ください。

*2:以上、下線部及び取消線部は、修正・追加等を行った箇所です。