【おべんきょ情トラ】身につくロースクール/憲法・行政法12

 労働者災害補償保険法第12条の8第2項及び第16条の2第1項に基づく遺族補償年金の受給権者であるXは、この学資を支弁するために、同法第29条第1項第2号に定める労災就学援護費の支給を申請したが、労働基準監督署長Yは、当該子の入学したのが外国の大学であることから、「労災就学等援護費用支給要綱」に基づいて不支給の決定を行った。この場合、Xは国に対し支給相当額の支払いを求めて民事訴訟を提起できるかどうかについて検討しなさい*1

summary
【1】不支給の決定が「処分」に該当するか
 Yの不支給決定が、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に該当するか。
⇒該当すれば、無効と認められない限り、公定力をもつ。
→Xが国に対し支給相当額の支払いを求めて民事訴訟を提起することはできない。


【2】給付行政における行政行為の法的性格について
 給付行政は非権力的な性質で、特別の規定がない限り、負担付贈与契約の推定が働く。
⇔大量に発生する法律関係を明確にし、全体として統一のとれた適正公平な処理を図るという目的→行政庁の行為に処分性を付与する(形式的行政処分論)。
⇒処分性の有無の判断基準は次のとおり。
(1)行政庁の権限の行使が法律に根拠のあるものかどうか
(2)立法政策として、根拠法規が当該行為に争訟性を認める規定を置いているかどうか


【3】本件における不支給の決定の法的性格について
①労災法は、「事業を行うことができる」と定めているだけ
②労災法は、援護費の支給について、何ら具体的に定めていない
⇒「処分」に該当しない(東京地裁平成10年3月判決及び東京高裁平成11年3月判決)。
⇔援護費に関する制度の仕組みは、保険給付を補完するためとも考えられうる。
→Xは、支給要件を具備するとき援護費支給を受けられる抽象的な地位を与えられ、Yに申請し、Yの支給決定により支給請求権を取得する。
⇒Yの行う援護費決定は、「法を根拠とする優越的地位に基づいて一方的に行う公権力の行使であり、Xの権利に直接影響を及ぼす法的効果を有する」から、処分に当たると考えられる(最高裁平成15年9月第一小法廷判決)。


【4】Xは国に対し支給相当額の支払いを求めて民事訴訟を提起できるか
①処分に該当⇒公定力ゆえに、民事訴訟を提起することはできない。
②本件決定が無効⇒公定力は認められず、Xは具体的な支給を受けるために、民事訴訟の提起により、支給要件の具備を訴え、その要件に従った援護費の支給を請求できる。
③処分に該当しない⇒負担付贈与契約に該当。「Xの申請に対しYが支給決定することで効力発生」
→Yが承諾を行わなかったので、贈与契約は、効力を生じていない。
⇒Xからの民事訴訟は、Yの不支給決定に対する損害賠償請求に限られる。
⇔要件が要綱で具体的に規定。Yはその要綱が規定する実体的要件をXが具備している限り、贈与を承諾しなければならない。Xは、支給相当額の支払いを請求できる。



text
1.不支給の決定が「処分」に該当するか
 本件では、YはXが行った労災就学援護費(以下「援護費」という。)の支給の申請に対し、不支給の決定を行っている。この決定が、行政事件訴訟法第3条第2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(以下「処分」という。)」に該当すれば、本件決定は、たとえ違法だったとしても、無効と認められる場合でない限りは、当該決定を取り消すことのできる権限を有する行政庁又は裁判所が取り消すまで、公定力をもつ。
 このことは、すなわち、相手方はもちろん他の行政庁、裁判所、相手方以外の第三者もその効力を承認しなければならないことを意味する。そして、この公定力が認められる場合には、当然のこととして、Xが国に対し支給相当額の支払いを求めて民事訴訟を提起することはできないと考えられるのである。
 これらのことをふまえ、以下に、本件決定が「処分」に該当するのかについて、まず検討を行う。


2.給付行政における行政行為の法的性格について
 本件における援護費の支給のような給付行政は、本来的には非権力的な性質であって、その法的性質は、特別の規定がない限りは負担付贈与契約方式の推定が働くとされる。しかし、大量に発生する法律関係を明確にし、全体として統一のとれた適正公平な処理を図るという目的から、契約方式ではなく、行政庁の行為に処分性を付与するという立法政策が採られることがある(形式的行政処分論)。
 この場合における処分性の有無は、主として、「(1)行政庁の権限の行使が法律に根拠のあるものかどうか」、「(2)立法政策として、根拠法規が当該行為に争訟性を認める規定を置いているかどうか」などによって判断するとされる。
 もっとも、(1)については、給付行政は受益的な性格のものであることから、その根拠法規において処分要件を明確に規定しないものや、また、明示的な委任規定を定めていないものが多い。このことは、一般に次の3つの類型に分けられる。
 すなわち、①法規において、行政庁の処分という形で一方的に国民の権利義務を決定することを規定している場合、②法規において、給付に関して一応の定めをおくが、具体的には規定しておらず、その要件等を行政組織の内部規程である要綱などで具体的に定めている場合、③法規において、給付に関する定めがなく、要綱などにのみ規定している場合という3つの類型である。
 このうち、①の場合は当然に処分性が認められ、③の場合は処分性が認められないことになる。そして、本件における援護費の支給は、②の類型に該当すると考えられるのであるが、この場合は、処分性が認められるか否かは、個別具体的に判断する必要があるとされる。


3.本件における不支給の決定の法的性格について
 本件における援護費の支給とは、労働者災害補償保険法(以下「労災法」という。)第29条第1項第2号に定める事業に基づくものである。しかし、同項各号列記以外の部分の規定は、「事業を行うことができる」と定めているだけであって、国は援護費に係る労働福祉事業を行う権限を付与されてはいるものの、当該権限が付与されたからといって、必ずしも、国がこの規定に係る事業を行わなければならないというわけではない。
 よって、援護費の支給は、国がその裁量に基づき自由に行うか行わないかを決定できるのであり、国民が労災法に基づき、援護費の支給に関する具体的権利を取得すると解することはできないといえる。
 また、労災法は、援護費の支給について、何ら具体的に定めてもいない。援護費の支給に関する決定を「処分」とする旨の規定もなく、支給又は不支給の決定に対する不服申立規定も存在しない。さらに、事業の実施に関して必要な基準を労働省令に委ねているものの、労働省令である労災法施行規則においては、援護費について、その事務の所轄及び労働福祉事業等に要する費用の限度額を定めるのみで、援護費の支給に関する実体的支給要件及び支給手続並びに支給金額等について何ら規定していない。
 こうした具体的要件については、「労災就学等援護費支給要綱」において、援護費の支給対象者、支給額、支給期間、欠格事由、支給手続等を定めており、所定の要件を具備する者に対し、所定額の援護費を支給すること、援護費の支給を受けようとする者は、労災就学等援護費支給申請書を業務災害に係る事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長に提出しなければならず、同署長は、同申請書を受け取ったときは、支給、不支給等を決定し、その旨を申請者に通知しなければならないこととされているだけである。
 これらのことから、「①行政庁の権限の行使が法律に根拠のあるものかどうか」、「②立法政策として、根拠法規が当該行為に争訟性を認める規定を置いているかどうか」に関しては、いずれも規定がないということができよう。
 対して、労災法第7条第1項各号に掲げる保険給付は、同法に支給要件や支給手続に関する具体的な定めがあるだけではなく、保険給付に関する決定に不服のある者には、特別な不服申立手続の規定もある。だが、これらの規定は、援護費の支給に適用されるものではない。
 したがって、本件決定は「処分」に該当しないと考えられるところである(東京地裁平成10年3月4日判決及び東京高裁平成11年3月9日判決)。
 しかし、援護費に関する制度の仕組みは、その目的から鑑みると、法は、国が行う保険給付を補完するために、保険給付と同様の手続により、援護費を支給することができる旨を規定しているとも考えられうる。その場合、Xは、所定の支給要件を具備するときは所定額の援護費の支給を受けることができるという抽象的な地位を与えられているといえるのである。ただし、具体的に支給を受けるためには、Yに申請し、所定の支給要件を具備していることの確認を受けなければならず、Yの支給決定によって初めて具体的な援護費の支給請求権を取得するといえる。
 そうすると、Yの行う援護費の支給又は不支給の決定は、法を根拠とする優越的地位に基づいて一方的に行う公権力の行使であり、Xの権利に直接影響を及ぼす法的効果を有するものであるから、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものと解するのが相当であると考えられる(最高裁平成15年9月4日第一小法廷判決)。


4.Xは国に対し支給相当額の支払いを求めて民事訴訟を提起できるか
 以上から、本件決定は、処分に該当すると考えられるため、当該決定を取り消すことのできる権限を有する行政庁又は裁判所が取り消すまでは、公定力をもつこととなる。そして、その公定力ゆえに、Xが国に対し支給相当額の支払いを求めて民事訴訟を提起することはできないと考えられる。
 もっとも、本件決定に明白な違法があり、本件決定が無効となるような場合には、この公定力は認められない。公定力がなければ、そもそもXは、所定の支給要件を具備するとき所定額の援護費の支給を受けることができるという抽象的な地位を与えられているのであって、その具体的な支給を受けるために、民事訴訟の提起によって、所定の支給要件を具備していることを訴え、その要件に従った援護費の支給を求めることができると考えられる。
 なお、本件決定が、処分に該当しないと考えられる場合についても、検討しておく。この場合、援護費の支給は、処分ではなく、負担付贈与契約に該当することとなるが、それは通常の贈与(民法549条)の場面のように、「当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる」ものではない。本件援護費支給の場面では、「Xの申込(申請)に対してYが承諾(支給決定)することによって、その効力が発生する」こととなる。
 本件の場合、Yがその承諾を行わなかったことにより、贈与契約は、一方当事者の申込と他方当事者の承諾がなければ契約は成立せず、効力も生じていない。よって、あくまでXからの民事訴訟は、Yの不支給決定に対する損害賠償請求に限られると考えられる。
 ただし、本件において、Yは、要件が要綱で具体的に定められていることから、Yはその要綱が規定する実体的要件をXが具備している限り、贈与を承諾しなければならないともいえよう。そして、このように解する場合は、Xからの民事訴訟は、負担付贈与契約として本来的に支給されるはずの支給相当額の支払いを請求できるものと考えられるところである。

*1:この解答案は、【情トラ】が作成したものであり、その内容については無保証ですので、ご注意ください。