法的決定の特質と職業的法曹の存在意義(その1)【京都】

【1】
■道路を右側通行にするか左側通行にするかといった問題は、そこに真正な合意があれば正解が作り出されるという「合意達成問題」である。対して、地球は回っているかどうかといった問題は、事実として正解が唯一存在するだけの「正解発見問題」であって、いくら適切な手続きを経た合意があったとしても、その事実に反した合意であれば誤りでしかない。しかし、脳死下における臓器提供を許すべきかといった問題は、単に「合意達成問題」であるとも、「正解発見問題」であるともいえないものである。このような問題における法的決定(解釈)は、どのような態度で行われるべきかどうかということについては、社会的合意にいたるためにも、自分が正しいと思う結論を、理由を挙げて弁証するといった態度が必要だと著者は言う。ここではまさに、合意が達成されたという形式的権威と正義主張に普遍性があるという内容的権威が併存することになり、著者は、その両者を含むものこそが法的決定(解釈)の特質であると考えているのである。


【2】
■著者の理解によれば、ある問題について一定の正解がなく、人々の合意がなされるという予定調和の保証が事前にあるわけでない状況において、正義に関する合意を調達するための議論に従事する専門家が、法曹であるとされる。従来の日本においては、「官僚の法」が統治のための正解と位置付けられ、人々の正義は単なる利益要求と区別がつかなくなっていたものであったため、著者が理解するところの法曹が存在する場面はなかった。しかし、現在進行中の改革は、人々の間にある正義感覚を基本的に信頼し、これに依拠して社会秩序を維持しようという法の観念を前提としているので、著者のいう法曹が活躍する場面が増大するのである。
■ひとつの例として、行政における市民参加の制度としてのパブリック・コメント制度を論じよう。この制度は、何らか市民の権利義務に影響を及ぼすような法律や条例による規制を制定しようとする場合に、市民から多様な意見提出を求め、その提出された意見に対する行政側の考え方を表明するという制度である。これは行政が規制を行うことに対する正義の主張を行い、その主張に普遍性があるかどうかの合意を形成する試みであるといえよう。この制度においては、行政も著者のいう法曹のひとつの在り方といえる。行政が案を提出して、その案に対する意見を募ることにより、提出した案がそのまま正義であるという位置付けをすることなく、本来的な正義に関する合意を調達するための議論に従事する専門家といえるからである。
■しかし、そうであっても行政は非常に大きく、高度に専門的であるので、一般市民がそうした行政が提案した案に対して意見を提出することは難しい。このような場面において、一般市民の未整理な意見を集約して、行政に対して意見することは、職業的法曹の存在意義のひとつといえよう。そして、このことは、特に行政の権限がいまだ大きなものである日本にとっては、主要な存在意義であると考えられるのである。