「小選挙区制と民主主義の原理」 後 房雄 氏(名古屋大学教授)

 今月の月例講義は、JLCの理事でもあられる後先生。懇親会でお話を伺ったところ、何と【情トラ】が所属していた某Mゼミの大先輩でいらっしゃったよーで。まっ、そうした話に限らず、いろいろと興味深いお話を聴くことができましたっ。
(※以下は、あくまで【情トラ】管理人の個人的なメモです。私の理解不足や事実誤認などもあるかもしれませんよ。)

 10年前に選挙制度改革がなされ、小選挙区制が導入された。従来から小選挙区制は日本においては「民主主義に反する」との論調が強かったが、その原因のひとつは「憲法改正のために小選挙区制を導入したいと与党(=自民党)が考えているのではないか」との疑いを常に抱いていたことである。 しかし、政権交代がない民主主義が最早健全であるとはいい難い状況となり、民主主義の民主化のために、政権交代の可能性が非常に高い小選挙区の導入という政治改革がすすめられた。

 選挙制度については、「何が民意を反映する制度か」といった問題設定で検討する考え方があるが、そうではなく「どのような民意を反映する制度をとるのか」といった問題設定で検討することこそ必要である。 なぜなら、アンケートにおいて選択肢の設定が結果を左右するように(例えば、「Yes」or「No」と設定するときと、それに「どちらでもない」を加えて設定するときでは、結果が異なる。)、どういう選挙制度を採用するかによって民意の性格が左右されるからである。

 たとえば、比例代表制は、「政党が代表する政治的理念の選択」としての政党選択の民意を反映する制度である。比例代表制では、少数派の政党が議席を確保できる可能性が高いだけあって、どんな国であってもひとつの政党が過半数を確保できないことがほとんどである。そのため、「選挙後」に政党の合従連合がおこることになり、その枠組みがどのようになるかについては国民不在の協議が行われることになる。
 それに対して、小選挙区制は、「政党が提示するマニフェストの選択」としての政権選択の民意を反映する制度である。小選挙区制では、1位にならないと意味がない。たとえば、1つの右派勢力と2つの左派勢力が拮抗しているときに、大きな民意ではどちらかというと左派を支持している(←右派は30%程度、左派は合わせて60%程度であるから)にもかかわらず、三つ巴で争えば、左派は共倒れする恐れがある。そのため、通常は、「選挙前」に政党の枠組みを候補者調整することによって、国民に対してどちらの勢力を選ぶかという選択肢を示すことになるのである。 日本においては旧民主党は、特にこのことについてよくわかっていなかったようで、小選挙区制においては第三極などありえないはずなのに、「第三極を目指す」という声があった。 96年衆院選では、自民党新進党の間に旧民主党があって、新進と旧民主が候補者調整さえすれば、自民に勝つ可能性が飛躍的に高くなったはずだが、せっかく有権者は非自民を選択しているのにもかかわらず、政党側が小選挙区制度を使いこなせていなかったともいえよう。 00年衆院選においても、与党側は、自公保で現職を比例に回したりとか、小選挙区の候補者を1人にしぼったりしていたにもかかわらず、野党側は、第二勢力であった民主党が同じように小選挙区の候補者を当時の自由党社民党と調整することが必要だったのではないかと思われるが、実際はバラバラに候補者を立てて、得票もバラバラとなって、非自民という票をまとめあげられなかったともいえる。
(【情トラ】その意味からいうと「二大政党制」とよくいわれるが、「二大政党連合制」と称することがより現実的のよーな気がする。イタリアなどまさに「二大政党連合制」といえよう。)


■イタリアの事例  イタリアは政権交代というメカニズムにおいては日本と同様に遅れていた国であったが、イタリア共産党が政権をとるために、小選挙区制を導入する戦略をとったことが始まりである。同党はもともと共産党というよりも社会民主主義政党に近かったこともあって、91年に左翼民主党へと転換。93年に上下両院に小選挙区制を導入させ、94年の選挙では右派連合に勝利を奪われたが、96年には中道左派連合「オリーブの木」が勝利。初めての左派政権を誕生させた。この政権はきちんと5年間の任期を全うして、01年にまた左派と右派の二大政党連合で総選挙を争い、今度は右派連合が勝つという「政権交代」のメカニズムが定着化している。

 そのほか、総選挙前には、与野党ともにマニフェスト作成のための情報提供を行うというイギリスの官僚のお話。 低投票率が「民主主義の危機」だという考えがあるが、「投票に行っていないのだから、結果には従わない」という考えであれば、確かに「民主主義の危機」であるが、現状は、「投票に行かなくても、結果には従う」のであるから、白紙委任しているだけともいえるのではないか、といったお話。 そして、二大政党制は2つだけしかないのでダメで、より多く選択肢がないと困るという意見に対しては、今まで1つしかなかったのだから、まずは2つに増やすことが必要ではないかといったお話がありました。