万国公法【L】

坂本龍馬にとっての万国公法とは、当時の国内外で実際に通用する規則ではなく、そうした実体的な規則を当事者の合意などによって生み出すための方法のことを指している。
■これは、既存の固定した力関係に基づき、上下関係とか身分などがあらかじめ生じているような場面で、権力を持つ側が定めた規範を受け入れざるを得ないといったものではない。それぞれの力関係や駆け引きに依存しつつ、当事者同士の合意により決定されるための公益と交渉の作法こそが万国公法とされるのである。
■いろは事件に関する交渉においては、当時のヨーロッパでの航海の定法に従えば紀州側が有利であった。しかし、海援隊側に最終的な勝利をもたらしたのは、交渉のなかで数々の戦略的行動をとるという、この万国公法の考え方だといえよう。
■このことは、私たちが、現在、法律をどのようなものとして把握しているか、そして、どのように把握すべきなのかということにもひとつの示唆を与えてくれる。普通は、「何だか偉い人が自分とは関係ないところで決めたことであって、しかし、それに従わざるを得ないもの」という思いがあるのではないだろうか。
■たとえば、江戸時代末期から明治時代初期にかけて、日本国内だけではなく外国にも目を向け始めた日本人にとっては、西洋においても通用している法規範が絶対的な優位性を持つものとして、当然に日本においても通用させるべきとの主張があった。
■これと同様に現在においても、私たちがよく耳にする「法律で決まっているからいけない」という言葉がある。この言葉には、そもそも何故その法律が存在し、何故必要とされるのか、特段の言及がないため、本来は説得力を持ち得ないと考えられるが、私たちは何となく納得したかのように受け入れてしまっているのである。このような意識は、従来から行政による「事前規制社会」によって養われつづけてきたものだともいえよう。
■現在、司法制度改革において目指されている「事後調整社会」では、紛争対処に際して、依拠する規範が明確でないことが今まで以上に多く生じてくると考えられる。このような場合に必要とされる態度は、当該紛争における公益に配慮しつつ、当事者同士が暴力に訴えたりすることなく、対等な立場で議論や交渉、駆け引きを行い、合意を達成することなのである。