市民裁判員先行記第9回/あなたも裁判員Part4『義父殺し』
神戸の兵庫県弁護士会館にて、「あなたも裁判員 Part4 『義父殺し−義父殺しか、ぬれぎぬか−』」という模擬裁判に、裁判員として参加してきました。
- 今回、【情トラ】は応募抽選を経て、この模擬裁判の裁判員に選ばれました。そのため、一般参加者より1時間ほど早く集まり、若干の説明等を受けることに。お昼の12時に、JR神戸駅から歩いてチョットのところにある兵庫県弁護士会館に出向きました。裁判所もすぐ隣になるのですが、ここの裁判所の建物は、なんというか外見変わってますねぇ。
- さて、12時に集まったのは、まさに市民裁判員のみなさん。応募総通は83通のうち、市民裁判員は30名ということで、見る限りは、老若男女バラエティに富んだ方々がいらしていたようです。模擬ではない実際の市民裁判員も抽選によるので、多彩な人びとが集まるのでしょう。本日は、そのあたりを考慮した人選の配慮もあったのでしょうか。
- 簡単な説明のあと、13時からプログラム開始ということに。会場には、見た感じでは、160から170人程度入るようですが、まさに満席という感じで、たくさんの方が来場されていました。なお、プログラムについては、次のとおり。
- さて、「模擬裁判」ですが、その概要は次のとおり(適宜改変、省略等しています。)。
- (公訴事実)被告人Aは、妻Bの実父で被告人の養父でもあるC(当年70歳)を殺害せんことを決意し、平成16年5月13日昼頃、神戸市北区の自宅内において、かねて買い求めておいた毒物黄燐を含有する殺鼠剤「デスマウス」をいわゆるプチシュークリーム2個の中に合計重量約2.5グラムを押し込んで混入させ、これをほかのプチシュークリームとともにCに与えて同人に食べさせ、もって、その頃、神戸市北区の山林内で、同人を黄燐中毒症によって死亡させたものである。
- (罪名及び罰条)殺人 刑法第199条*1
- (証人)鑑定人(被害者Cの死体解剖をした法医学教授)、駄菓子屋の店主、被告人を取り調べた警察官、被告人の妻B
- まずは、裁判員としての宣誓*2のあと、裁判長(役)から次のような説明がありました。
- 被告人は、無罪であると推定されていること(被告人=犯人という偏見を持たないこと。)。
- それに対して、検察官が有罪であるとの証明責任を有すること。
- 有罪か無罪かの判断は、その検察官による証明に対して、合理的な疑いが残るか残らないかということによること(つまり、検察官の証明に合理的な疑いがあれば、無罪と考えることになること。)。
- それに続いて、公判の冒頭手続きに入りました。
- 裁判官による人定質問*3
- 検察官による起訴状朗読
- 裁判官による黙秘権等の告知
- 被告人、弁護人による被告事件に関する陳述
- この冒頭手続における双方の主張の対立点は、おおよそ次のとおり。
- 検察官側
- 被告人は、Cを殺害せんことを決意したこと。
- プチシュークリームを買い求めていたこと。
- そのプチシュークリーム2個の中に殺鼠剤合計重量約2.5グラムを押し込んで混入させたこと。
- Cは当該殺鼠剤入りのプチシュークリームを食べ、もって、黄燐中毒症で死亡したこと。
- 以上を、被告人本人が供述していること。
- 検察官側
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- 被告人
- Cを殺害しようという意思はないこと。
- プチシュークリームを買ってもいないこと。
- 殺鼠剤を混入させた行為もないこと。
- Cの死因は病死であること。
- 被告人
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- 弁護人側
- 死因が本当に黄燐中毒症かどうかわからないこと。
- また、黄燐がCの体内にあったとして、どのようにして当該黄燐を摂取したのかわからないこと。
- 被告人による殺害した旨の自白には、警察官による利益誘導、暴行、脅迫があったため、任意性がないこと。
- 弁護人側
- ここでまた裁判長から再度の注意。
- これまでは、証拠ではなく、この事件に対する筋書きを述べただけに過ぎないこと。
- 評議に入るまでに、議論をしないこと(=先入観や予断を排除するため。)。
- メモに頼らないこと(=メモばかりとっていると、証人の表情等を見落とすことになるため。)。
- このあとは、順に証人尋問です。それぞれの内容に関する個人的ポイントは次のとおり。
- 鑑定人(被害者Cの死体解剖をした法医学教授)…黄燐は外から摂取しない限りは体内からあらわれることがない。黄燐が発見された限りは、Cの死は黄燐中毒かもしれないし病死かもしれないが、いずれにせよ黄燐摂取の影響が全くないとは断言できない。
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- 駄菓子屋の店主…被告人の家の前にある駄菓子屋。被告人がプチシュークリームを購入したことを証言。ただし、その記憶は正確なものではなく、被告人の弟から「被告人が買っていたといわないでくれ」と頼まれたことが影響している模様。
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- 被告人を取り調べた警察官…殺害に関する自白を得たとのことであるが、それまでの取調べに多大な問題があった模様。弁護人からの厳しい質問に、汗を拭き吹き、動揺した感じ(の演技)で回答。
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- 被告人の妻B…被告人を仏様のような心の持ち主と評価。殺鼠剤を使った団子を、台所の冷蔵庫そばによく置いていたとの証言。
- 続いて、被告人質問。これも個人的ポイントは次のとおり。
- 妻が団子をつくっていたことに関し、警察官から「それじゃ、カカァが間違って殺したのか?」と言われ、思いつきで犯行自供したとのこと。
- 警察では脅されたような取調べを受け、検察でもそうした心理状況が続いていたとのこと。
- そして、最終弁論。
- 検察官論告
- 自白の任意性…検察の面前では、ウソをつく必要もないのに、やってもいないことをやったと証言するとは考え難い。場合によっては死刑にもなりうる犯罪をやってもいないのに自ら認めることは、合理的には考えられない。
- 自白の信用性…介護疲れや借金といった動機には無理はなく、プチシュークリームに殺鼠剤を入れたという行為の状況説明はまさに犯人にしか知り得ないものである。こうした合理的な供述を思いつきでできるとは考え難い。
- 客観的証拠…殺鼠剤入りの箱及びチューブに被告人の指紋が残っていたという客観的証拠もある。
- 検察官論告
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- 被告人最終陳述…私はやっておりません。
- このあと、しばしの休憩をとって、別室で評議が行われました。6名の裁判員と、3名の裁判官役の兵庫県弁護士会所属の弁護士さんで構成された裁判体です。ここでは、いろいろなご意見や感想を伺うことができてたいへん有意義な時間が過ごせました。もちろん、【情トラ】もいくつか意見・考えを出しましたしね。以下は、その時に出したものも含めて、【情トラ】が考えた論点ポイントです。
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- 司法警察職員による面前調書には公正さに欠ける。そして、その調書を前提とした検察官による供述調書にも任意性は認め難いのではないか。
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- 本当にプチシュークリームに殺鼠剤を入れたと被告人のほうから言ったのか。警察が周辺の聞き込みにより、被告人が駄菓子屋でプチシュークリームを購入したこと、そして、それを言わないでくれと被告人の弟が頼んでいたことを知り、警察のほうでストーリーを示唆したのではないか。
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- なぜ、わざわざ殺さなければならないのか。Cは痴呆が進んでいたのであるから、Cの財産を管理するのは被告人ではなかったのか。
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- なぜ、シュークリームに殺鼠剤を入れる必要があったのか。ネズミ用の団子を見つけやすい所に置いておけばよいだけではないか。
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- 殺鼠剤に指紋があるという客観的証拠があるが、もし犯人ならば指紋を残したままにするのか。また、シュークリームにいれたときに、チューブ口にクリームがついているのではないか。
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- 検察は被告人が殺鼠剤を使ったことがないとしているにもかかわらず、供述調書の中には、被告人が殺鼠剤の通常の使用量を知っていた旨の供述がある。これは矛盾ではないか。
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- その他、細かいことが未だいくつか。
- 結論としては、【情トラ】の考えは、無罪。裁判体としても無罪の判断となりました。
- ちなみに、他の裁判体もすべてが無罪判決。会場の参加者の判断は、無罪70名、有罪25名だったとのことです。
■【情トラ】感想
以上、予定時間をかなり過ぎたものの、非常に興味深く、真摯に取り組むことができました。弁護士さんらによる演技も、無精ヒゲを生やして髪はボサボサの被告人、とぼけた駄菓子屋のオバチャン、汗を拭き拭きの警察官などなど非常に熱のこもった(?)演技で好印象でした。しかし、次に掲げる点のように改善の余地があるかなーと思ったところもいくつか。
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- 論点が多すぎたのではないか … 予定時間を1時間過ぎるほど、模擬裁判は長引いたのですが、これは何より色んなことを盛り込みすぎたのではないでしょうか。これぐらいないと、事件として成り立たないのかもしれませんが、どうしても評議での議論が多岐にわたってしまって、消化不良となる気がします。思い切って、争点は3つぐらいとし、その争点も検察官と弁護人の最終弁論において、双方の対立を分かり易く提示することとされたらどうでしょう。
と、まあ、若干の気になる点もありもしたのですが、これは建設的な提言(のつもり)ですので、今後に期待ということです。いずれにせよ、本日はたいへん勉強になりアリガトウございました(^ー^)
■追記/「模擬裁判裁判員を体験して」
模擬裁判に幸運にも裁判員に選ばれ、貴重な体験ができたと嬉しく思っております。当日の弁護士さんらによる演技も、無精ヒゲを生やして髪はボサボサの被告人、汗を拭き拭きの警察官などなど、熱のこもった演技で好印象でした。しかし、次に掲げるように改善の余地があるかな、と思ったところも2点ほど。
まず、1つめは、論点が多すぎたのではないかということ。きちんと多く盛り込まないと、事件として成り立たないのかもしれませんが、肝心の評議での議論が多岐にわたってしまい、消化不良であった気がしました。
次に、2つめは、証拠調べの手法、弁論の方法等が、現在の公判常識のままなのではないかということ。例えば、最終弁論は、検察官、弁護人ともに単に資料を読み上げるだけのやり方でした。この手法は、裁判員制度が開始されても変わらないのでしょうか。模擬裁判をするのであれば、裁判員制度を意識した新たな弁論のあり方の提案も含めて知りたいな、と願うところです。
いずれにせよ、私たち市民にとって有り難い取組みであることには間違いなく、今後とも更なる成果をあげられることを期待しております。