物権法/第5講 177条の第三者

<1>民法177条*1の「第三者」とは、「XがYに土地甲を売却したあと、Xが同じ土地甲をZに売却し、Zに甲を引き渡した」というケースにおいて、「XからYへの物権変動は、登記をしなければ、自分(第三者であるZ)には対抗できない」と主張(抗弁)できる者である。
■この抗弁の内容は、「XからYへの物権変動について登記(または動産の引渡、立木の明認方法など)がない」ことについて、Zが証明責任を負うことにはあまりに証明困難であることを配慮し、第三者Zは「Yが登記(動産の引渡、立木の明認方法)を具備するまでYが物権を取得したことを認めない」と抗弁すればよいとする。対して、相手方Yは再抗弁として「XからYへの物権変動について登記(動産の引渡、立木の明認方法)を具備した」ということをYが証明責任を負うとされる。<2>「第三者」の範囲には変遷がある。立法者の考え方は、公示による画一的処理の要請を理由として、「当事者」以外のすべての者を指していたが、無権利者に対しても登記がないと対抗できないとすれば問題があるし、現実の利用状態を重視して公示による画一的処理の要請が後退した利用権保護の立法(建物保護法、借家法など)がなされていった。
■そして、第三者制限連合部判決が出され、「当事者若くは其包括承継人に非ずして不動産に関する物権の得喪及び変更の登記欠缺を主張する正当の利益を有する者」とされることとなった。これは、「対抗」は「彼此利害相反する時」にのみ生ずること、また、そもそも民法177条の趣旨が、物権変動を公示することにより、同じ不動産について正当な権利若しくは利益を有する第三者に不測な損害を与えないようにすることを目的としていることを、その理由とする。
■この第三者制限の基準としては、取引関係説と対抗問題限定説がある。前者は、有効な取引関係に立たない者を排除する考え方であり、画一的処理の要請を維持するものである。対して、後者は、民法177条によると、物権を有していても、登記がなければ、第三者との関係ではその物権を失うのであるから、この物権を失わさせるに足りる権利を有する者、つまり、同じ不動産について、両立し得ない物権を持っている者、ないしはそれと同視できる者に限定する考え方であり取引安全の要請に応えるものである。<3>「第三者」の客観的要件としては、次に掲げるところとなる。

    • 物権取得者(物権を取得する原因を有する者)は「第三者」となる。
    • 債権者においては、特別な担保を持たない通常の債権者であるとき、つまり、一般債権者は「第三者」とはならない。
    • 債権者が不動産賃借人であるとき、すなわち「Xが所有する土地甲をMに賃貸していたが、Mに断りもなく当該土地甲をYに売却した」というケースにおいて、Mは「第三者」として対抗要件の権利主張を認められる*2とされる*3
      • なお、「Xが所有する土地甲をMに賃貸していたが、Mに断りもなく当該土地甲をYに売却し、YはMに対して、賃料を自分に支払うよう求めた(または契約を解除し明渡すよう請求した)」というケース*4において、Yに登記がなければ、MはYからの賃料請求/解除に基づく明渡請求を拒絶できるとされる*5。しかし、もともと賃貸借契約に係るMY間の関係について登記の有無が問題になることには疑問がある。そのため、学説においては、権利保護資格要件説が主張されている。これは、賃貸人たる地位は不動産の所有権にともなうことから、賃貸人たる地位を主張するためには、不動産の所有権を確定的に取得したことが必要として、賃貸人たる地位の移転に基づく権利の行使要件として、登記の移転を要求するというものである。
    • 債権者が差押債権者であるとき、差押債権者は「第三者」とされ、つまり、登記なしに差押債権者に対抗できないとされる*6。これは、当該債権の掴取力*7と、差押えによって支配権能の具体化されると物権と類似した支配関係が形成されることを理由とする。
    • 無権利者*8は、「第三者」とはならない。


<4>「第三者の主観的要件」についても変遷がある。立法者の考え方は、善意か悪意かという外見からわからない事情により結果予測ができないことなどを理由として、登記による画一的処理の要請を重視し、善意悪意をとわず「第三者」として対抗要件の抗弁を主張できるとしていた。しかし、具体的な当事者間で著しく衡平に反する結果がもたらされる可能性もあって、背信的悪意者排除説が採られることとなった*9
■この背信的悪意者排除説では、原則として善意悪意を不問とするが、例外として、悪意者が登記の欠缺を主張することが信義に反する場合は、登記の欠缺を主張するについて正当な利益がないとして、「第三者」にあたらないとする。
■しかし、その背信的悪意者排除説にも問題がないとはいえず、契約が一旦締結されたあとに、より優位な価格を提示した者が新たな契約を結んだ場合においては、その者は背信性がない以上は「第三者」にあたることになる。だが、「一旦契約が締結された後には自由競争は認められないとする考え」と、「民法94条2項*10の場合においては第三者に善意を要求するのに、登記を怠った者の権利を失わせるときに第三者が悪意でもよいとするのは不均衡だとする考え」から、悪意排除説が主張されている。
判例においては、通行地役権の対抗問題において新たな展開が見られ、「登記の欠缺を主張することが信義則に反する者は、第三者にあたらないとする考え方(信義則違反の重視)」と、「現地を調査すれば容易にその存在がわかったのにそれを怠った者は、第三者にあたらないとする考え方(調査義務の承認)」があらわれている。<5>転得者の保護については、まず背信的悪意者からの転得者の問題がある。「XからYへの第一売買、XからZ(=背信的悪意者)への第二売買、ZからTへの第三売買が行われた」場合、背信的悪意者であるZを無権利者とする「無権利者構成」においては、YからTに対する物権的請求権に対して、Tが行う主張は2通り考えられる。
■ひとつめは、Tは「自らが民法177条の第三者であり、登記という対抗要件も備えている」と抗弁することになる。これに対して、Yは「Zが背信的悪意者であって、XからZへの権利移転はなされておらず、前主Xが無権利者であるからZは第三者にはならない」と再抗弁することになる。
■ふたつめは、Tは「民法94条2項類推適用によってZは権利を取得しており、Yは既に所有権を喪失しているので、物権的請求権はない」と抗弁する*11ものである。
■しかし、判例*12は「権利者構成」をとっており、背信的悪意者であっても権利者であるとする。これは、第二譲受人Zが背信的悪意者でも、第二売買自体が無効になるわけではなく、「Zは背信的悪意者である限り、第一譲受人Yに対し登記の欠缺を主張することが信義則上許されなくなるだけ」であることを意味する。そのため、Zに権利自体はある以上、Tは無権利者から買い受けたことにならないとするのである。
■この「権利者構成」においては、YからTに対する物権的請求権に対して、Tは「自らが民法177条の第三者であり、登記という対抗要件も備えている」と抗弁することになる。これに対するYの再抗弁には「Tが背信的悪意者である」との主張が考えられる。
■次に転得者のみが背信的悪意者である場合の問題がある。「XからYへの第一売買、XからZ(=善意者)への第二売買、ZからT(=背信的悪意者)への第三売買が行われた」場合、2通りの考え方がある。
■ひとつめは、「相対的構成*13」といい、Tが背信的悪意者である以上、TがYに対し登記欠缺を主張するのは信義則に反すると考える*14
■対してふたつめは、「絶対的構成」といい、原則として、「いったん善意者が介在すれば、それ以降の転得者は確定的に権利を取得すると考える。これは、転得者Tの保護を否定すると、その売主Zが追奪担保責任を問われ(民法561条*15)、善意者Zが損失を被る可能性があること、また、Yも登記をしなかったという帰責性があるのだからやむを得ないことという理由による。ただし、善意者Zを、Tが単なるわら人形として利用したにすぎない場合は、Tが権利取得することは認められないとされる。

*1:不動産ニ関スル物権ノ得喪及ヒ変更ハ登記法ノ定ムル所ニ従ヒ其登記ヲ為スニ非サレハ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス

*2:なお、「賃借権」による対抗としては、MはYに対し「賃料と引換えに甲を使わせろ」と要求することはできない。なぜなら、あくまで債権としての賃借権は、XM間の契約に基づくものであり、MはXに対してのみ主張することができるからである。しかし、賃借権は、民法605条(不動産ノ賃貸借ハ之ヲ登記シタルトキハ爾後其不動産ニ付キ物権ヲ取得シタル者ニ対シテモ其効力ヲ生ス)または借地借家法10条1項(借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。)による登記を行うと物権化されるのであって、この場合はMはYに対しても対抗することが可能となる。

*3:大判昭和6年3月31日

*4:なお、XからYへと賃貸人の地位は、XM間の賃貸借契約とXY間の売買契約が存在するという要件をみたすことで、当然に移転する。この当然移転することは賃借人の利益にもなる。

*5:最判昭和49年3月19日

*6:大判明治38年5月1日

*7:債務者が債務を履行しない場合に、その一般財産を引当にすることができること。

*8:参考として、不法行為者は第三者とならない例(大判昭和6年6月13日)

*9:最判昭和31年4月24日

*10:前項(相手方ト通シテ為シタル虚偽ノ意思表示ハ無効トス)ノ意思表示ノ無効ハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス

*11:この主張のためには、XからZへの移転登記がなされたという外観の存在、権利者Yの帰責性、第三者Tの正当な信頼(TがZとの売買において民法94条2項の第三者であって、Tが善意(無過失)であること。)が必要とされる。

*12:最判平成8年10月29日

*13:誰が背信的悪意者として排除されるかは、第三者ごとに、その主張が信義則に反するかどうかを相対的に考えれば足りるとする考え方。

*14:ただし、この場合、結局善意のZが損失を被ることがありうることが問題となる(絶対的構成の説明参照)。

*15:前条(他人ノ権利ヲ以テ売買ノ目的ト為シタルトキハ売主ハ其権利ヲ取得シテ之ヲ買主ニ移転スル義務ヲ負フ)ノ場合ニ於テ売主カ其売却シタル権利ヲ取得シテ之ヲ買主ニ移転スルコト能ハサルトキハ買主ハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得但契約ノ当時其権利ノ売主ニ属セサルコトヲ知リタルトキハ損害賠償ノ請求ヲ為スコトヲ得ス