「国際経済紛争解決−WTOの紛争処理を中心として」

 同志社大学法科大学院連続公開講座「グローバル・コミュニティの法的課題」第1回講演も聴講してきました。講師は、谷口安平 氏(WTO上級委員会委員)です。
※以下は、【情トラ】の個人的理解を前提にした単なるメモ書きにすぎませんので、ご注意を。


 世界貿易機関WTO)とは、加盟国140数カ国の合意により成立しているものである。その合意は、実体法的な各種協定だけではなく、手続法としての紛争解決手続協定への合意も含まれている。そのため、WTOによる紛争解決は、合意によって紛争を仲裁人の裁定に委ねる商事仲裁と本質は同じともいえるのである。ただし、学者のなかでは、裁判とのアナロジーを重視して、裁判と同質であるとみるものがいるし、また、外交官のなかでは、その交渉の重要性から、外交交渉の延長とみるものがいる。

 上級委員会は、そうした紛争解決において、どういった役割を果たしているのかというと、これは、全加盟国からなる紛争解決機関(DSB)の下請機関ということができる。すなわち、あくまで紛争解決するのは、全加盟国が自分たちで参加して解決するという直接民主制の思想を背景にしており、上級委員会が作成する文書は判決、決定、裁決などではない、単なるレポートとして、DSBで採択されるまでは確定しないものとされるのである。
 ただし、この採択に関しては、ネガティブコンセンサス方式、つまり、全てが反対しない限りは採択される方法がとられており、実質的にはほとんど必ず採択されることになっている。
 こうした紛争解決の有り様は、「WTOは140人余の住民が住む古代ギリシャの村ではないか。直接民主制のもとで何もかも全員で決める建前をもつ。」との印象につながっているところである。いちいち全員で審理することができないから、若干の専門家に調査・報告させて、そのうえでの決定を全員でする建前を維持しているというわけである。
 また、このような決定方式は、外交強者である一部の先進国と途上国との間における格差の是正ももたらしている。WTOがなければ、途上国がアメリカなどに外交交渉を挑むなどということは、ほとんど考えられないのであって、その意味では国際関係における適正なルールをWTOが支えているといえよう。

 しかし、レポートが採択されたところで、その履行をどう確保するかという問題もあるにはある。実例をみると、遅かれ早かれ、ほとんどの場合が履行されているのであるが、これは、何より全加盟国による決定方式が、当該国へのプレッシャーにもなっているのではないかと考えられるところである。