物権法/第21講 留置権

<1>留置権とは、民法295条1項本文に規定されるように、「他人の物を占有している者が、その物に関して生じた債権を有する場合に、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる権利」である。この権利により、目的物の引渡しを受けたければ、非担保債権を弁済しなければならないという債務者に対する心理的強制の効力が生じ、債務の履行が間接的に担保されることになる。
■なお、なぜ、間接的かというと、この留置権には、目的物を換価して、そこから優先弁済をうける権利はないこと、つまり、優先弁済的効力の不存在ゆえにであるが、現実には、他の権利と比較しても最優先の効力をもつ場合があるといってもよい*1
■このような留置権と類似の権利として、同時履行の抗弁権(民法533条*2)があるが、留置権がその発生原因を「物に関して生じた債務一般」とするのに対し、同時履行の抗弁権はその発生原因を「双務契約から発生した債務間に限定」する。また、留置権が物権であることから、第三者にも主張が可能であることに対し、同時履行の抗弁権は、契約当事者間のみで認められるものとされる。<2>留置権がどのような場面で行使されるかというと、他人の物を占有している場合に、その目的物の所有者が「返せ」といってきたときに、当該物権的請求権を退けるための抗弁として用いられることとなる(民法295条1項*3)。
■ここで問題となるは、「その物に関して生じた債権(民法295条1項本文*4)」とは何かということである。そもそも目的物を留置するためには、それを正当化するに足りるだけの理由が必要となる。なぜならば、被担保債権と全く関係ない物を留置できるとしては、当事者間の公平に反することになるからである。それゆえに、「その物に関して生じた」とはどのような場合なのかについて、次に掲げる観点から考える必要がある。

      • どのような債権であれば、「その物に関して生じた」ものといえるのか。つまり、どのような債権であれば、物との間に牽連性を認めることができるか。
      • 債務者以外の者が引渡請求をしてきたとき、どこまでを「その物に関して生じた」債権だとして、留置権を主張できるか。それとも、そうした債権と目的物の牽連性を問わずに考えるべきなのか。
      • 目的物に付属する物がある場合に、どこまでを含めて留置権が成立するのか。それとも、そうした債権と目的物付属物の牽連性を問わずに考えるべきなのか。

■まず、債権の種類と牽連性に関しては、債権が物自体から生じた場合を「第1基準」とし、債権がものの引渡義務と同一の法律関係または事実関係から生じた場合を「第2基準」とする通説がある。しかし、これらの基準は、「債権が物自体から生じる」ということそのものが比喩にすぎないし、どのような場合であれば「同一」の法律関係または事実関係であるか不明確であるとの問題点が指摘される。
■そこで、あらたな基準が模索されているところであるが、そのうちのひとつに「価値変容説」とある。これは、「被担保債権が、目的物の価値の全部または一部の変容物であるかどうか」ということを基準としており、具体的には、売買代金債権は売買目的物の価値全体の変容物であると、請負代金債権は目的物の修理によって増加した価値の変容物であると、費用償還請求権は費用の投下によって増加した目的物の価値の変容物であるとされる。しかし、この「価値変容説」においても、例えば、賃借物の瑕疵によって被害を受けた物に対する損害賠償請求権は、あくまで被害を受けた物の価値の変容物であって、賃借物の価値の変容物ではないし、取り違えられたものの返還請求権は、双方の物の価値の変容物ではないといった限界があることもまた確かである。
◆続いて、引渡請求の主体と牽連性に関しては、債務者が引渡請求者ではない場合に特に問題となる。例えば、「第二買主Gが先に登記を備えたが、第一買主Gが目的物を占有しているとき、第一買主Gは売主Sに対して損害賠償請求権を有するとして売主Sが債務者となるのだが、第一買主Gに対して引渡請求を行うのは第二買主Xとなる」といった二重譲渡の場合である。この場合、判例は、「その物に関して生じた」債権だという牽連性を認めずに、留置権が成立しないとしたが、何をもってそう判断したのか不明確である。
◆また、「賃貸人SがXに目的物甲を売却し、Xが登記を備えたが、賃借人Gが目的物を占有しているとき、賃借人Gは賃貸人Sに対して損害賠償請求権を有する際には賃貸人Sが債務者となるのだが、賃借人Gに対して引渡請求を行うのはXとなる」といった賃借物の譲渡の場合も問題となる。判例は、当該債権を目的物の引渡債権・使用収益供与請求権であって「その物自体を目的とする」債権として、「その物に関して生じた」債権だとの牽連性は認めずに、留置権が成立しないとした。しかし、そうすると、交換契約における目的物の引渡請求権も、同様に物自体を目的とする債権となることになるが、それはおかしいと考えられる。
◆そこで、現在では、こうした牽連性要件構成ではなく、独立要件構成の考え方が有力とされている。これは、債務者Sが引渡請求権を有することを、留置権が認められるための前提とするものである。もともと債務者Sが目的物の引渡請求権をもっていなければ、債務者Sが債務を弁済したところで目的物が返ってくるわけではなく、そうした場合は、たとえ債権者Gが目的物を留置しても、債務者Sに債務の履行を間接的に強制することはできない。
◆そして、この考え方によると、先述の二重譲渡の場合も賃借物の譲渡の場合も、債務者Sは目的物を債権者Gに売った・貸した以上は、債権者Gに対して引渡請求権を持たないことになる。そのため、Gの留置権も不成立となり、当然に第三者Xに対抗することもできない。
◆以上の結論は、判例の結論と同じものとなるが、その結論に至るまでの過程に明確性があるとされる。
■最後に、
(つづきは、あとで)

*1:後述

*2:双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまでは、自分の債務の履行を拒むことができる。

*3:他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。

*4:他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その物を留置することができる。