企業・国家の戦略

 本日の講師は、寺島実郎 財団法人日本総合研究所理事長、株式会社三井物産戦略研究所所長、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授。それぞれ「官、産、学」のシナジーのなかで立ち回っているとの自己紹介でした。

■サイト http://mitsui.mgssi.com/terashima/profile.html


(※以下は、あくまで【情トラ】の個人的なメモです。講義内容及び配布資料等の情報をもとに、私見も入れつつ構成しています。また、私の理解不足や事実誤認などもあるかもしれません(、いや、必ずあるはずです)ので、ご注意を!)

  • 世界の経済状況について

 2004年の世界経済はGDPで前年比4.1%という高成長。2004年1月時には3.2%程度と世界のエコノミストは予測していたから大幅な上方修正であり、狂気の沙汰ともいえるような「高成長の同時化」となった。今年はおおよそ3.1%程度の予測がたてられているが、これは何も減速ということではなく、持続可能な成長(Sustainable Development)を考えた場合に必要な適正化であるとも考えられる。

  • 日本の経済状況について

 日本においても、上場企業の4割以上が史上最高益を達成するなどの側面もみられたが、全体としては「まだら模様」であって、二極化がすすみ、産業別での一般化が成り立たなくなってきている現状にある。特に、国内状況にみられる特徴には、「川上インフレ、川下デフレ」といわれるようなインフレとデフレの同時進行である。原材料の価格(=川上)は高騰しており、消費者価格(=川下)は抑制されているというねじれた二重構造が現れているのである。

  • 中国をどうとらえるか

 こうしたインフレとデフレは、よく中国がその要因だとの声を聞く。しかし、何でも中国のせいだとすればいいという風潮には疑問である。現在の中国は、日本の1960年代によく似ており、高揚感の中で走り抜けることがおきうる状況にある。特に2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博を節目にして、まだまだ成長を続けると考えられるのである。ただ、その中国に関しては、中国本土を単体でみていてはダメである。香港、台湾、シンガポールを含めて、「大中華圏」としてとらえる必要がある。中国と台湾は、経済産業的には非常に連携しているし、また、シンガポールも、インドと欧米をつなぐ働きをしており、この「大中華圏」に依存する日本へと事実上なっている現実がある。

  • 日本の貿易構造について

 日本の輸出に占めるアメリカの割合は、1990年は32%あったのが、2004年には22%となった。輸入にしても、1990年は22%だったのが、2004年には14%となった。これに対して、対大中華圏はというと、日本の輸出に占める割合が2004年において31%と、アメリカを上回っているのである。これと同じことはアメリカの貿易構造においてもいえ、大中華圏の世界貿易に占める割合は、たいへん高くなっているところである。

  • 日本の物流について

 かつて、神戸港はその取扱荷物量が世界第4位の物流を誇っていたが、現在では、29位と低迷している。これは、まず、大中国圏の港湾と釜山港の躍進による。そして、日本海物流の確立である。現在においては、日本の太平洋側を表日本といい、日本海側を裏日本というが、これは、太平洋戦争後だけの呼び方である。そもそもは、その逆を示してきた歴史であったのであって、今後もかなりの確立で、この裏と表が反転することが考えられる。

 イラク戦争の泥沼化、双子の赤字の存在、ドルの下落など、急速に疲弊するアメリカが目の前にある。そして、これまでは、そうした局面においても、世界中からの資金流入アメリカを支えていたのであるが、現在においては、欧州は欧州に資金を回帰させる仕組み作りを推し進めてきており、あわせてアジアもそうした動きをみせていることから、今までのように下血をしてもバンバン輸血できるといった状況ではなくなっていることに注意すべきであろう。

  • 日本の選択は

 このような世界の現状において、日本は今後どのように振舞うべきであるのか。ひとつ指摘できるのは、日米関係はその二国間関係で完結することはなく、中国という要素が絡んでくることになろう。そうしたなかでは、日本はアメリカの周辺国ではなく、自立した付き合いができる国であること示さねばならないし、また、アジアにおいては段階的に信頼基盤を築いていかなければならないと考えられる。いうならば、“親米入亜”のスタンスこそが求められるべき態度であり、それを実現するための総合戦略が必要なのではないか。

  • 質疑応答
    • Q…日本がとるべき総合戦略にはどのようなものが考えられるか
      • A…アジアに対しては、たとえば、アジアの資金をアジアに還流させるシステム作りなど、いきなり通貨統合などを目指したりするのではなく、段階的に接近していく方法をとるべきだと思う。そのほか、日本のものづくりを空洞化させないためには、空港整備と中型ジェット旅客機の国産化シナジーとしてみて取り組むことや、食糧生産に関する技術移転などが考えられるところである。そもそも戦略を企画するためには、単なる演繹法帰納法だけではダメであって、いわば閃きやパラダイム・ジャンプが必要とされるようなプロフェッションの仕事が求められる。そうでないから、デファクト化の争いで絶えず負けているのである。
  • まとめ

 今回は、寺島先生がたいへん長い時間対応していただいたこともあって、講義後のグループ討論はなし。そのかわり大塚理事長のお話と、それをふまえての参加者による自由な発表の時間がとられました。その内容はおおよそ次のとおり。

    • 事実に基づいた判断
    • 事実を分析した判断

 この違いはどのようなものであるか。思うに、前者は短期的なものの見方であって、「現状追認型」にとどまってしまう可能性が大きい。対して、後者はより中長期的なものの見方であって、「現状打開型」が期待できるものなのではないか。寺島先生がおっしゃられていた総合戦略を企画するために必要なパラダイム・ジャンプは、事実を分析した判断によってなされるものだと考えられる。
 そして、「アメリカ、中国に対して日本はどうあるべきか」との問いに対して、発表したいとの意思をみせた方々が、それぞれの意見を発表した次第。それぞれ、普段からよくニュース等を見て、読んで、考えていらっしゃるのだろうなということを感じさせる発表をされていました。