【おべんきょ情トラ】身につくロースクール/憲法5

 A内閣は、参議院において与野党が逆転している状況で苦しい政権運営を行ってきた。しかし、A内閣が予算案を提出したところ、衆議院では可決されたものの、参議院においては、A総理大臣の答弁をめぐって議事が紛糾し、結果的に予算案が否決されただけではなく、内閣総理大臣問責決議案が可決されてしまった。そこで、A内閣は、国民の信を問うために衆議院を解散した。このような解散が憲法上許されるか否か検討しなさい*1

summary
【1】衆議院の実質的解散権者は誰か
 解散は、任期満了前に議員の資格を失わせる天皇の国事行為(憲法7条3号)である。
⇒内閣の実質的権能に基づく衆議院解散決定を受けて、それを内閣の助言と承認により、天皇が形式的に公に示す行為とされる。
cf.①象徴天皇制の採用、②4条で「国事に関する『行為』」、「国政に関する『権能』」と規定、③6条で「任命」、7条で「認証」と規定。


【2】衆議院解散権の発動に制約はないか
①内閣が、衆議院解散権を無制約に発動することは認められるか。内閣が国会に対して連帯して責任を負い(66条3項)、その責任が総辞職または衆議院の解散(69条)によりあらわれることから、69条の場面に限定するとの考え
⇔解散権が、内閣がもつ衆議院への対抗手段でしかないことになる。
⇒国会だけではなく内閣も、国民の意思を反映する役割を果たさなければならないが、国会は、自らの身分を失わせることにつながる内閣不信任決議には消極的であるはず。
②民主的契機が求められる場合、内閣がその要請に応えるべく、7条3号における内閣の助言と承認をもって、天皇が形式的に行うという解散ができる。
⇔解散権が自由に行使できるとすべきでもない。衆議院で内閣不信任可決、又は信任否決と同程度の対立が生じた(または、生じる可能性が高い)として、主権者たる国民の意思を問わねばならなくなったときに限られると解すべき。
⇒内閣の一方的な都合や党利党略で行われる解散は、認められない。


【3】本問における検討
 本問の場合、参議院内閣総理大臣問責決議案が可決されたとしても、確かに政権に衝撃を与えるが、問責決議は何ら法的拘束力はない。また、予算案が否決されたとしても、衆議院の議決を国会の議決とする(60条2項)と定められている。
 以上から、衆議院解散が許されるほど、国会と内閣の対立があり、その再統合のために国民の意思を問う必要性があったとはいい難い。
⇔①直近の選挙が参議院議員選挙であり、その結果、与野党逆転状況が生まれた場合、
 ②参議院での内閣総理大臣問責決議案の可決により、内閣が衆議院の多数派から支持を 失った場合
などにおいては、合憲。



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  • 1.衆議院の実質的解散権者は誰か

 解散とは、任期満了前に議員の資格を失わせる行為である。その政治的な意味には、解散に続く総選挙によって主権者である国民の審判を仰ぐという民主的な契機を含むとされる。
 この解散は、憲法7条3号において、天皇の国事行為とされており、この規定から、内閣の助言と承認を要するものの、実際に衆議院の解散権をもつのは天皇と解することもできる。しかし、天皇は、内閣の実質的権能に基づく衆議院解散決定を受けて、それを内閣の助言と承認により、形式的に公に示す行為を行うに過ぎないと解するのが妥当であろう。これは、次に掲げる理由等による。
 すなわち、①憲法1条において、象徴天皇制を採用していることから、天皇に何ら実質的権限を与えないことを憲法はその趣旨としていること、②憲法4条において、「国事に関する『行為』」と「国政に関する『権能』」と規定していることから、その両者を区別して考え、天皇は形式的な行為のみを行いうるのであって、実質的な決定を行う権能をそもそも有しないと定めていると考えられること、③憲法6条において「任命」と規定し、7条において「任免を認証」と規定していることから、憲法7条に規定する行為とは、天皇以外の機関が実質的に決定したことを受け、天皇がそれを公に認めて証明することだ解されることである。
 以上により、衆議院の実質的解散権者は天皇ではなく、その天皇に助言と承認をする内閣にあるといえるのである。

  • 2.衆議院解散権の発動に制約はないか

 このように、内閣が衆議院の実質的解散権を有するとしても、その解散権を内閣が無制約に発動することは認められるのか。このことについては、行政権の行使について、国会に対して内閣が連帯して責任を負い(憲法66条3項)、その責任は、最終的に総辞職または衆議院の解散というかたちであらわれる(憲法69条)ことから、その憲法69条の場面に限定するとの考えがある。しかし、衆議院で内閣に対する不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときにのみ、内閣が衆議院解散権を行使できないのであれば、結局のところ、その解散権とは、内閣がもつ衆議院への対抗手段でしかないことになる。
 本来、国会だけではなく内閣もまた、主権者たる国民の意思を反映する役割を果たさなければならない。そうであるならば、衆議院における多数派と内閣との間の衝突がある場合においては、主権者たる国民が選挙において新たな多数派を選択し、その多数派が新たな内閣総理大臣を指名することで、両者を政治的再統合させることが許されるべきである。そもそも国会は、自らの身分を失わせしめることにつながる内閣不信任決議等には消極的なはずである。それゆえ、民主的契機が求められる場合においては、内閣がその要請に応えるべく、衆議院解散権は、憲法69条に限られず、憲法7条3号における内閣の助言と承認をもって、天皇が形式的に行うという解散ができると考えられよう。そして、このことは、現在までに、憲法7条3号による解散が、明示的に幾度となくなされてきたことにより、憲法上の習律となっているともいえる。
 ただし、憲法7条3号による解散が認められるとしても、その解散権の発動に制約がないわけではない。少なくとも、客観的な基準が必要とされるであろうことから、それは憲法69条が定める「衆議院で内閣に対する不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したとき」と同程度の対立が生じた(または、生じる可能性が高い)として、主権者たる国民の意思を問わねばならなくなったときに限られると解すべきである。より具体的には、①内閣と衆議院との意思が衝突した場合、②内閣の政治的基本性格が改変した場合、③前総選挙で国民に信を問うていない新たな重大政策を行う場合、④選挙法の重要な改正が行われた場合、⑤任期満了時期の接近の場合が考えられよう。対して、内閣の一方的な都合や党利党略で行われる解散は、その趣旨から認められないと考えられる。

  • 3.本問における検討

 本問では、A内閣は、衆議院では安定的な政権運営をしているにも関わらず、参議院において、予算案が否決され、内閣総理大臣問責決議案が可決されたことをもって、衆議院を解散しているが、このような解散が憲法上許されるか。
 まず、この解散は、憲法69条によるものではないので、憲法7条3号による解散だと解される。そのため、少なくとも、憲法69条が定める「衆議院で内閣に対する不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したとき」と同程度の対立が生じた(または、生じる可能性が高い)として、主権者たる国民の意思を問わねばならなくなったときでなければ、当該解散は憲法上許されないと考えるべきである。
 本問の場合、まず参議院において内閣総理大臣問責決議案が可決されたとしても、内閣は国会に対して連帯して責任を負う(第66条3項)という建前から、確かに政権に衝撃を与えるが、憲法に定められた手続ではないので何ら法的拘束力はない。また、予算案が否決されたとしても、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする(憲法60条2項)ことが定められており、既に衆議院においては予算案は可決していることから、それが国会の議決となるはずである。
 以上からすると、本問においては、A内閣が衆議院を解散することが許されるほどに、国会と内閣の対立があり、国民の意思を問う必要性があったとはいい難い。ただし、たとえば、直近の選挙が衆議院議員選挙ではなく参議院議員選挙であり、その結果として、参議院において与野党逆転状況が生まれ、苦しい政権運営となった場合や、参議院での内閣総理大臣問責決議案の可決により、内閣が衆議院の多数派からも支持を失い、両者に憲法69条に定める場合と同程度の対立が生じる可能性が高いような場合などにおいては、民主的契機の要請から主権者たる国民の意思を問うこととしても憲法上許されると考えられる。

*1:この解答案は、【情トラ】が作成したものであり、その内容については無保証ですので、ご注意ください。