【おべんきょ情トラ】身につくロースクール/憲法6

 経済産業省は、IT社会を実現する上で、情報セキュリティの確保を図ることが不可欠であると判断し、優れた情報セキュリティ技術の開発プロジェクトに補助金を支出する方針を決めた。そこで、同省は「21世紀情報セキュリティ推進計画」を策定し、関連予算を計上、国会で承認されたことをうけて、「情報セキュリティ技術開発プロジェクト支援経費に関する要綱」を作成し、それに基づいて補助金の交付を行った。
 これに対して、補助金の交付を受けられなかった申請者から、同省の補助金交付は法律の根拠がなく、その基準が恣意的であって、「法律に基づく行政」の原理に反して憲法違反であるという主張がなされた。
 この主張について検討しなさい*1

summary
【1】本問における補助金交付を受けられなかった申請者の主張
 本問では、補助金交付を受けられなかった申請者が、当該補助金交付は法律の根拠がなく、基準が恣意的であって、「法律に基づく行政」の原理に反していると主張する。


【2】法治主義・法律に基づく行政<1>法治主義
 ①公権力により国民の権利や自由を制約する場合、議会が制定した法律の根拠が必要。
 ②法律の根拠があるといって国民の権利や自由を、自由に制約することはできない。<2>法律に基づく行政
 ①法律の法規創造力の原則…国民の権利を制約し、義務を課する法規は、議会が制定する法律によらなければならない。
 ②法律の優位の原則…行政の多様な活動が、法律に反してはならない。
 ③法律の留保の原則…行政が何らかの活動を行う際には、当該活動を行う権限が法律により行政機関に授権されていなければならない(組織法的留保又は作用法的留保)。


【3】法律の留保の原則について
侵害留保説…国民の権利を制約し、義務を課する行政活動のみ、法律の根拠が必要。
②全部留保説…全ての行政活動に対し、法律の根拠が必要。
③権力留保説…国家による一方的な行為を、相手方が甘受しなければならないような作用を権力作用とし、こうした権力作用がある行政活動に関しては、法律の根拠が必要。
④重要事項留保説(本質性理論)…行政活動の性質そのものには着目せず、法律制定手続のもつ機能に着目。


【4】補助金交付に法律の根拠が必要であるか
 実務上通説とされる「侵害留保説」に立つ場合、基本的に法律の根拠は必要でないと解される。たとえ、補助金交付が受けられなかったとしても、そのことによって、申請者がもともと有していた権利等を何ら制約するものではないからである。


【5】補助金交付にはどのような基準が必要か。
 ただし、たとえ「侵害留保説」に立つ場合においても、その交付にあたり、恣意的な基準で決定することは許されるか。補助金交付の決定に際しては、申請に対し、補助金を交付しても法令違反等がないこと、また、その目的及び内容が適正であり、金額の算定に誤りがない等といった要件しかない。その他に、予算の範囲内という制限はあるが、交付の決定には、行政機関による恣意的な基準が設けられる余地はないと考えられるのである。
 以上をふまえると、本問において、要綱に基づく補助金の交付を受けられなかった理由が補助金交付の基準が恣意的であった場合には、その主張が認められうる余地がある。



text

  • 1.本問における補助金交付を受けられなかった申請者の主張

 本問においては、要綱に基づく補助金の交付に対し、それを受けられなかった申請者が、当該補助金交付は法律の根拠がなく、基準が恣意的であって、「法律に基づく行政」の原理に反していると主張する。この主張について、まず、「法律に基づく行政」の原理とは何かを明らかにし、補助金交付に法律の根拠が必要であるか否か、また、その交付に際してはどのような基準が必要であるか等について検討することとする。

  • 2.法律の行政の原理とは何か

 現在、行政の活動は、その特徴として、権限の多様性及び活動形式の多様性をもつ。それゆえに、その規律の在り方が問題となるのであるが、その点に関して、日本国憲法は、いわゆる法治主義を採用している。具体的には、次の2つの内容を前提としているものである。
 まず、公権力によって国民の権利や自由を制約する場合には、必ず、立法府である議会が制定した法律の根拠が必要とすることである。つまり、自由主義側面からの前提であるといえよう。
 次に、そうした法律の根拠があるからといって国民の権利や自由を、どのように制約してもよいかというと、それは否定されるということである。たとえ、議会が定めた法律であっても、基本的人権が尊重されなければならないことは明らかであり、よって、制約できない権利や自由が存在するのである。つまり、民主主義側面からの前提であるといえよう。
 このような法治主義の前提から、行政活動に対する統制の在り方が検討され、導き出される原理が、「法律に基づく行政」の原理である。具体的には、次の3つをその主な内容とする。
 1つめは、「法律の法規創造力の原則」である。これは、国民の権利や自由を直接的に制約し、または国民に新たな義務や負担を課する法規は、国の代表機関たる議会が制定する法律によらなければならないという原則である。言い換えると、法律によらずに、行政機関が単独で制定する規程に基づいて、国民の権利・自由を制約し、または国民に義務や負担を課することは許されないとする原則ともいえる。
 2つめは、「法律の優位の原則」である。これは、行政の多様な活動が、法律に反してはならないという原則である。従って、行政処分や行政における慣例等が、法律の内容と矛盾する場合には、その矛盾する範囲において当該決定や慣例等が違法になるのである。
 3つめは、「法律の留保の原則」である。これは、行政が何らかの活動を行う際には、当該活動を行う権限が法律により行政機関に授権されていなければならないという原則である。なお、行政活動を行う権限の賦与については、次の2つの考え方がある。すなわち、その行政活動を行う組織を設置する根拠を法で定めればよいという組織法的留保と、その行政活動の個々の作用に関して根拠を法で定めなければならないという作用法的留保との考え方である。一般的には、後者の考え方が採用されているところである。
 しかし、その作用法的留保によるとしても、それでは、いったいどのような行政作用がその対象となるのか、その適用範囲がさらに問題となる。

  • 3.法律の留保の原則について

 この法律の留保の原則が適用される範囲については、少なくとも国民の権利や自由を制約し、または新たな義務や負担を課する行政活動については、法律の根拠を必要とされることは明らかである。これは、「法律の法規創造力の原則」からの論理的帰結であるといえよう。問題は、それ以外の行政活動に法律の根拠が必要であるのかということである。このことに対する考え方としては、次の4つがその主な内容とされる。
 その第一が、「侵害留保説」である。これは、国民の権利や自由を制約し、または新たな義務や負担を課する行政活動のみ、法律の根拠が必要であるとする。言い換えると、国民に便益やサービス等を与える行政活動に対しては、基本的に法律の根拠を要しないとするものである。もちろん、「法律の優位の原則」から考えると、そうした給付行政を義務付けたり、反対に禁止したりする場合には、法律の根拠が必要となるといえよう。
 しかし、給付行政や福祉行政が拡大していくなかにおいては、そうした国民に便益やサービス等を与える行政活動に対しても、国民主権からの民主主義的要請から、国民の意思に従うべきであるという考え方もありうる。そもそも、給付は、全ての者に与えられるわけではない。与えるという決定(受益性)と与えないという決定(侵害性)という二面性があり、これらに行政による恣意が入り込む虞がある。
 そこで、こうした点を考慮したものが、第二の「全部留保説」である。これは、全ての行政活動に対し、法律の根拠が必要であるとする。しかし、この考え方は現実的ではなく、また、緊急を要する新たな行政活動であっても、法律の制定や改正を待たねばならないなど、臨機応変かつ柔軟な対応ができないといった批判がある。
 これら「侵害留保説」と「全部留保説」の考えを折衷しつつ、新たに「権力作用」という要素を対象としたものが、第三の「権力留保説」である。これは、国家による一方的な行為を、相手方が甘受しなければならないような作用を権力作用とし、こうした権力作用がある行政活動に関しては、法律の根拠が必要であるとする。この考え方においては、「侵害留保説」が対象とする範囲はもちろん、給付行政に関しても、それが国家からの一方的な利益提供である限り、その対象となる。ただし、「全部留保説」が対象とする範囲のうち、相手方の合意がある行政活動については、その対象としない。だが、その「権力とは何か」との判断が難しく、その判断自体が行政の裁量に任せざるを得ないのではないかとの批判も考えられるところである。
 そして、近年、主張されるようになった考え方が、第四の「本質性理論」である。これは、その行政活動の性質そのものにあまり着目せず、法律制定手続のもつ機能に着目する。つまり、多元的な見解を統合し、公開性に優れるといった機能を備えた法律制定手続である議会において、審議し決定するのにふさわしい事項は何かという視点から、留保事項を検討する考え方である。
 従って、行政活動の基本的計画の決定や、行政組織の基本構造についても、その本質が民主的正統性を確保すべきものであるとして、議会が関与する法律の根拠が必要であるとする。また、たとえば制裁的氏名公表など、従来の分類によると行政処分性を有しないとされるような行為であっても、その本質が、当該利害関係者に制裁や実質的な不利益をもたらすものであれば、法律の根拠が必要であるとするのである。
 しかし、この「本質性理論」についても、そもそも何が本質性なのかの判断が難しく、議会の関与が拡大して実効性が薄れることにならないかなどの批判が考えられよう。

  • 4.補助金交付に法律の根拠が必要であるか

 以上の「法律の留保の原則」をふまえ、補助金交付に法律の根拠が必要であるか否かについて、以下検討する。
 まず、「侵害留保説」に立つ場合においては、基本的に法律の根拠は必要でないと解される。補助金交付は、その相手方に権利や自由を制約し、義務や負担を課するものではないし、たとえ、補助金交付が受けられなかったとしても、そのことによって、申請者がもともと有していた権利等を何ら制約するものではないからである。
 次に、「全部留保説」に立つ場合においては、補助金交付であれ、行政活動に関してはすべからく法律の根拠が必要とされる。そのため、行政機関の内部規程的性格を持っているに過ぎない要綱に基づく補助金の交付は、許されないものと解される。
 そして、「権力留保説」に立つ場合においては、補助金交付の決定は、申請に基づくものであるものの、国からの一方的な行為であって、相手方が甘受しなければならないため、権力作用であると考えられる。特に、本問の場合のように、交付をしないことを決定することは、当該申請者は、その不交付を甘受しなければならないことになり、その権力性が確かだといえよう。そのため、申請をしながらも補助金交付を受けられない場合などは、とくに法律の根拠が必要とされると解される。
 最後に、「本質性理論」に立つ場合においては、補助金交付の原資が税金であることを鑑み、その使途に関しては、民主的正統性を確保すべきであると考えられる。それゆえに、議会において審議し決定する法律の根拠が必要とされると解される。
 以上のうち、実務上通説であるとされるのは「侵害留保説」である。よって、実際には、要綱に基づく補助金の交付を受けられなかった申請者が、当該補助金交付は法律の根拠がなく、「法律に基づく行政」の原理に反しているとの主張には理由がないといえる。

  • 5.補助金交付にはどのような基準が必要か

 ただし、たとえ「侵害留保説」に立つ場合においても、その交付にあたって、恣意的な基準で決定することは許されるかについては、問題があると考えられる。そもそも、補助金に関しては、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(昭和30年法律第179号)第6条1第項において、「各省各庁の長は、補助金等の交付の申請があつたときは、当該申請に係る書類等の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、当該申請に係る補助金等の交付が法令及び予算で定めるところに違反しないかどうか、補助事業等の目的及び内容が適正であるかどうか、金額の算定に誤がないかどうか等を調査し、補助金等を交付すべきものと認めたときは、すみやかに補助金等の交付の決定をしなければならない」と定められる。
 つまり、基本的には、補助金交付の決定に際しては、次のような要件しか掲げられていないのである。それは、申請に対して、補助金を交付しても法令違反等がないことであり、また、その目的及び内容が適正であり、金額の算定に誤りがない等といったことである。その他に、予算の範囲内という制限はあるが、交付の決定には、行政機関によって、憲法上の要請でもある平等の原理に違反するような恣意的な基準が設けられる余地はないと考えられよう。
 さらに、相当程度多額にのぼる補助金交付に関しては、民主的正統性を確保しようとすることが特に求められるとも考えられる。この場合には、①当該補助事業等の性質及び内容、②補助金等の交付の目的、必要性及び効果、③補助金等の交付の基準及び額、④補助事業者等の自立の状況、見込み及び可能性、⑤補助金等の交付以外の方法の可能性、⑥補助金等の交付に係る公益性の判断及び理由などが、議会において検討されるべきであろう。これらは、「本質的理論」において要請されるものであるといえる。
 以上のことをふまえると、本問において、要綱に基づく補助金の交付を受けられなかった理由が補助金交付の基準が恣意的であった場合には、少なくとも「補助金等適化法」違反として、その主張が認められうる余地があるのではないか。具体的には、当該申請に係る補助金の交付が、各種調査の結果、法令及び予算で定めるところに違反せず、その目的、内容及び効果が適切であり、その必要性及び公益性も十分であって、申請内容において何ら誤りがなかったにもかかわらず、なお、当該補助金の交付が受けられなかった場合においては、「法律に基づく行政」の原理に(反し、また、平等原理にも)反するとの主張に理由があるとも考えられるのである。

*1:この解答案も、【情トラ】が作成したものであり、その内容については無保証ですので、ご注意ください。