統治構造改革のゆくえと憲法@京都大学春秋講義

 メインテーマが「新しい日本のかたち」ということで、一般の方々に参加していただきやすい分かりやすい講義が連続して開催しているようでして、そのなかの1回。法学研究科の 大石眞 教授による「統治構造改革のゆくえと憲法」という講義を受けてきました。
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※以下は、私の個人的理解(もちろん誤解もあるかも)に基づくメモ。その旨ご留意ください。

  • 憲法典は変わらなくても、憲法秩序は変わる。
    • 憲法典」とは、国政の組織運営に必要な規範を最高法典として条文化したもの
    • 憲法秩序」とは、国政の組織運営にとって重要な諸規範の全体像を指したもの
  • 最高法規としての憲法
    • よく主張される憲法観としては、「理想的規範」として「不磨の大典」視する傾向が強い。
    • また、日本の憲法は簡短概括型の定め方であるため、憲法典の規制力は弱く、憲法附属法の役割が大きい。
    • これらのこともあって、これまで「憲法改正」はなかったが、「憲法改革」はすすめられてきたわけである。
    • なお、明治憲法は76条、現行憲法は103条であるが、スペインでは169条、ポルトガル298条、インド395条、ブラジル344条と憲法典により詳細に規律する型もある。
  • 改正論議への視点
    • 日本国憲法は、基本的に第一次世界大戦後(1920年代)の憲法モデルによるもの。9条も1928年のパリ不戦条約をモデルにしたものと考えられる。
    • 登場してきている各種憲法改正案の内容は、抜本的改正というより現行憲法の不備を補正するにとどまる。
    • たとえば、国民を非常に古臭いイメージで捉えているという印象がある。具体的には、先進諸国では、1970年代から18歳に選挙権があるにもかかわらず、あまり大きな論点とはなっていない。また、いわゆるイニシアチブとレファレンダムの導入にも積極的とは言い難い。あらには、96条の要件がハードルが高いままであると、いつまでも国民が登場する機会が出てこないともいえるのである。