子どもを犯罪の被害から守る条例(平成17年奈良県条例第9号)について

 次に掲げるエントリ及びコメント欄で、イロイロと議論されていることについて。メモ書き程度の考察でしかありませんが、以下に、若干(あくまで個人的な)まとめをツラツラと。
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子どもの安全について しがない地方公務員のメモ帳/ウェブリブログ

  • 1.子どもを犯罪の被害から守る条例第15条2項の規定について

【子どもを犯罪の被害から守る条例(平成17年奈良県条例第9号)】
第十五条 第十二条又は第十三条の規定に違反した者は、三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
2 第十三条の規定に違反して前項の罪を犯した者が、自首したときは、同項の刑を減軽し、又は免除する。

【刑法(明治40年法律第45号)】
(自首等)
第四十二条 罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首したときは、その刑を減軽することができる。
2 告訴がなければ公訴を提起することができない罪について、告訴をすることができる者に対して自己の犯罪事実を告げ、その措置にゆだねたときも、前項と同様とする。

■私が個人的な考えをまとめる対象とするのは、次のような議論です。
 すなわち、子どもを犯罪の被害から守る条例第15条2項において、「第13条*1の規定に違反して前項の罪を犯した者が、自首したときは、同項の刑を減軽し、又は免除する」と規定されているが、条例において、このような規定を設けることが、本当に可能であるのかといった議論です。

■もし、この15条が任意的減軽事由を定めた規定(つまり、任意に刑を減軽することができるのであって、減軽しなければならないわけではない。)なのであれば、刑法42条1項を確認的に記載しただけのものと解することができるのではないかと思われるトコロです。
 しかし、実際には、必要的減免事由を定めた規定(つまり、必要的に刑を減免しなければならないのであって、減免しないわけにはいかない。)が定められているのであって、そこまで条例において設けることは、本当に可能なのでしょうか。

■このギモンは、次のような理解を前提としています。つまり、確かに地方自治法14条3項*2は、普通地方公共団体は、その条例中に罰則規定を設けることができると定めているものの、その罪に関する裁判は、国の裁判所が管轄するものであります。そうした国の裁判所が管轄するところの裁判における裁判官の判断を、「必要的に刑を減免しなければならないのであって、減免しないわけにはいかない」というように、条例の規定で拘束することが果たして可能であるのかといった理解です。
 もし、そのような理解が正しいとして、条例の規定が裁判官の判断を拘束するといった性格なのであれば、憲法が条文で明らかにしているように「法律の定め」であることに反するのではないかといったギモンがあるわけです(、私が理解する限りにおいては。)。

  • 2.必要的減免事由を定めた規定を設けた趣旨について

■ここで、少し横道にそれるかもしれませんが、そもそも「子どもを犯罪の被害から守る条例」において、単に刑法が定める任意的減軽事由だけではなく、免除も含んだ必要的減免事由を定めた規定までを設けた理由とは何なのでしょうか。
 あくまで推測に過ぎませんが、次に掲げるWebページに記されたところを確認する限りでは、この規定によって「?自首を促し、犯罪の捜査および犯人の処罰を容易にするという政策上の必要*3がある」と考えるとともに、「?子どもを狙った『略取及び誘拐』、『強制わいせつ』、『強姦』、『逮捕及び監禁』などの重要凶悪犯罪の多くが、子どもポルノ等を所持する行為等をきっかけとして行われてる可能性が高いことなどから、それらのより重要凶悪な犯罪を防ぐこと、つまりは、『子どもの生命又は身体に危害を及ぼす犯罪の被害を未然に防止する』という面では、犯人の改心により自首させることについて、高度の社会的相当性がある」と考えているからなのではないかと思われます。
【参考】http://www.police.pref.nara.jp/kodomojourei/050701.htm

■なお、このような政策上の必要性及び相当性があるからといって、必要的減免事由を定めた規定を設けることが許されるのかについては、別途考慮すべきだもと考えられます*4が、ここではそこまでは考察しないこととします。
 もしかしたら、『任意的軽減事由』ではなく『必要的減免事由』とすることによって、事件によっては公訴提起の可能性が乏しい軽微な事件として、検察官への送致を要しない「検察官が指定した事件(刑事訴訟法246条但書*5)」とする判断基準を緩やかに解しようとしているのかもしれません(こんな考え方ができるかどうかは全くワカリマセンので、ご注意ください。)。
 または、検察官への送致が行われても、刑事訴訟法248条*6により不起訴処分とする場合の判断基準を緩やかに解しようとしているのかもしれません(これも、全くの【情トラ】の思いつきにすぎないものですので、ご注意ください。)。
【参考】

  • 3.憲法上の「法律の定め」と条例

■さて、話を戻して、条例の規定が、裁判官の判断を拘束するといった性格なのであれば、憲法が条文で明らかにする「法律の定め」であることに反するのではないかといったギモンについて、考えてみることとします、、、が、私の実力不足というモノスゴイ制約が多分にあることを前提にしつつ、2つの判決文から一部を抜粋し、次に掲げてみることにします。

【殺人窃盗死体遺棄被告事件(最高裁判決昭和24年11月26日)】

裁判所が、罪を犯し未だ官に発覚しない前に自首した者に対しその刑を減軽するか否かはその専権に属する。そして裁判所は自首減軽の必要がないと認めたときは、たとえ自首の事実があつても特にその理由を判示する必要はないのである。

銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件(名古屋高裁判決平成13年12月10日)】

 原判決は,その理由中「(犯罪事実)第2」において,いわゆるけん銃加重所持の事実を認定したが,その事実について刑の必要的減免事由であるいわゆるけん銃提出自首の事実を認定せず、「(量刑理由)」において,被告人が自ら警察に所在場所を連絡して,けん銃を差し出したことを量刑上有利に考慮したにとどまっていることが,判文上明らかである。しかし,本件においては,いわゆるけん銃提出自首を認めるのが相当である。(中略)
 してみると,原判決は,被告人のいわゆるけん銃提出自首について,銃刀法31条の5による刑の減軽又は免除をしなかった点で,法令の解釈,適用を誤ったものであって,本件に関する限り,これが判決に影響を及ぼすことは明らかというほかないから,原判決は全部破棄を免れない。

■前者は、刑法42条1項(任意的減軽事由を定めた規定)に関する言及であり、後者は、銃砲刀剣類所持等取締法31条の5(必要的減免事由を定めた規定)に関する言及ですが、要するに、「?任意的減軽事由を定めた規定があるからといって、それを適用するかどうかは、裁判所の専権に属する」ということであり、そして、「?必要的減軽事由を定めた規定がある場合においては、その事由に該当する事実が認定することが相当なのであれば、当該規定による刑の減軽又は免除をしなければ、法令の解釈、適用を誤ったものとされる」ということになるのでしょう。
 ここからは、次に掲げるようなことが考えられないでしょうか。

  • たとえば、国の法律において、「自首したとしても、それは任意的減軽事由にしかあたらない」とされる罪について、「自首したことを必要的減免事由とせよ」とする条例の規定は、明らかに法律が定める範囲を逸脱するはず
  • しかし、国の法律において、何ら手当てされておらず、罰則を定めることを禁止しているとはいえない事項について、罰則を設け、その罰則に関して自首したことを必要的減免事由とすることは、条例で定めることができる範囲内なのではないか
  • この必要的減免事由を定めた規定を設けることは、まさに政策上の必要からなのであって、それが相当と認められる範囲内で設けられたのであれば、その事由に該当する事実を認定できる場合に、裁判所は当該規定を適用して刑の減軽又は免除をするだけで、何も裁判所に「減軽又は免除せよ」と義務付けているわけではないよーな気がしなくもない


■以上は、ウーンわからんなぁなんて思いながら、メモ書き程度の考察として掲げてみた次第です*7。一応、奈良県においては検察庁との協議もされているのでしょうけど、一度、どのような検討をされたうえで、この規定を設けたのか訊ねてみたい気がします。
 なお、条例と罰則に関する次の事件の判決文からの抜粋も、参考として。
【街路等における売春勧誘行為等の取締条例(昭和25年大阪市条例第68号)違反被告事件(最高裁判決昭和37年5月30日)/http://www.hiraoka.rose.ne.jp/C/620530S0.htm

※強調は【情トラ】による。
 わが憲法の下における社会生活の法的規律は、通常、基本的なそして全国にわたり画一的効力を持つ法律によつてなされるが、中には各地方の自然的ないし社会的状態に応じその地方の住民自身の理想に従つた規律をさせるためこれを各地方公共団体自治に委ねる方が一層民主主義的かつ合目的的なものもあり、また、ときには、いずれの方法によつて規律しても差支えないものもあるので、憲法は、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定めるべく(憲法九二条)、これに議会を設置し、その議員、地方公共団体の長等は、その住民が直接これを選挙すべきもの(同九三条)と定めた上、地方公共団体は、その事務を処理し行政を執行する等の権能を有するほか、法律の範囲内で条例を制定することができる旨を定めたのである(同九四条)(昭和二九年(あ)第二六七号同三三年一〇月一五日大法廷判決、刑集一二巻一四号三三〇六頁参照)。
(中略)
 論旨は、右地方自治法一四条一項、五項が法令に特別の定があるものを除く外、その条例中に条例違反者に対し前示の如き刑を科する旨の規定を設けることができるとしたのは、その授権の範囲が不特定かつ抽象的で具体的に特定されていない結果一般に条例でいかなる事項についても罰則を付することが可能となり罪刑法定主義を定めた憲法三一条に違反する、と主張する。
 しかし、憲法三一条はかならずしも刑罰がすべて法律そのもので定められなければならないとするものでなく、法律の授権によつてそれ以下の法令によつて定めることもできると解すべきで、このことは憲法七三条六号但書によつても明らかである。ただ、法律の授権が不特定な一般的の白紙委任的なものであつてはならないことは、いうまでもない。ところで、地方自治法二条に規定された事項のうちで、本件に関係のあるのは三項七号及び一号に挙げられた事項であるが,これらの事項は相当に具体的な内容のものであるし、同法一四条五項による罰則の範囲も限定されている。しかも、条例は、法律以下の法令といつても、上述のように、公選の議員をもつて組織する地方公共団体の議会の議決を経て制定される自治立法であつて、行政府の制定する命令等とは性質を異にし、むしろ国民の公選した議員をもつて組織する国会の議決を経て制定される法律に類するものであるから、条例によつて刑罰を定める場合には、法律の授権が相当な程度に具体的であり、限定されておればたりると解するのが正当である。そうしてみれば、地方自治法二条三項七号及び一号のように相当に具体的な内容の事項につき、同法一四条五項のように限定された刑罰の範囲内において、条例をもつて罰則を定めることができるとしたのは、憲法三一条の意味において法律の定める手続によつて刑罰を科するものということができるのであつて、所論のように同条に違反するとはいえない。従つて地方自治法一四条五項に基づく本件条例の右条項も憲法同条に違反するものということができない。
(中略)
 裁判官入江俊郎の補足意見は次のとおりである。
一 憲法三一条は、いわゆる罪刑法定主義の根拠たる法条であつて、刑罰を科する手続規定を法律をもつて定めなければならないばかりでなく、犯罪とされる行為の内容および刑罰の種類、程度等、罪刑の実体規定をも法律をもつて定めなければならないことを趣旨とし、また、これを国会の議決を経た国法たる法律で定めることとした所以のものは、いかなる行為が犯罪とされるか、これにいかなる刑罰を科するかという刑罰権の基本は、国家主権の権能に属するものであることを前提としているのであつて、基本的人権保障という民主的要請からいつて、極めて重要な規定である。しかし、罪刑に関する手続規定、実体規定の一切を直接法律をもつて定めることは、必らずしも実情に副わず、事宜に適したものといい難いので、前記民主的要請に反しない限度において、その例外を認めることはやむを得ないところであり、憲法は七三条六号但書において、「特にその法律の委任がある場合」には、政令で罰則を設けることができる途を認めている。そして、右罰則委任は、憲法上の重要な罪刑法定主義に対する例外であるから、前記「特にその法律の委任がある場合」というのも厳格に解釈されており、一般的ないし包括的委任は許されず、個別的ないし限定的委任であることを必要とし、すなわち罰則委任をするそれぞれの法律において、違反行為に当る事項を限定し、これに科せらるべき刑罰の程度を示して、委任しなければならないものと解されているのである。
(後略)

*1:子どもポルノの所持等の禁止) 第十三条 何人も、正当な理由なく、子どもポルノを所持し、又は第二条第四号アからウまでのいずれかに掲げる子どもの姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管してはならない。

*2:第十四条三項 普通地方公共団体は、法令に特別の定めがあるものを除くほか、その条例中に、条例に違反した者に対し、二年以下の懲役若しくは禁錮、百万円以下の罰金、拘留、科料若しくは没収の刑又は五万円以下の過料を科する旨の規定を設けることができる。

*3:増井清彦『大コンメンタール刑法・第三巻』〔大塚仁、川上和雄、佐藤文哉、古田佑紀編〕(第二版・1999年)p.445参照

*4:増井・前掲書p.469

*5:第二百四十六条 司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。

*6:第二百四十八条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

*7:核を示し、それを同心円状に説明していくことができていませんね。。