直接強制/代執行

 先日からの続き。

ペンキで塗りつぶす義務だって代執行の対象たりうる。なぜ直接強制となるのか。
塩野先生『行政法Ⅰ〔第4版〕』215頁註(1)に美濃部・日本行政法から次のような引用がされている。

風俗上有害な絵看板の取払を命じその命を履行しない場合に官庁が代わってこれを取払うのは代執行であるが、ペンキでこれを塗り潰すのは直接強制である。

違いが分かりません(泣)。
塩野先生の引用箇所直前のコメントからすると、この差は「破壊等〔直接の実力行使の〕現れ方がドラスティックであること」に由来するらしい。文字通り”直接”に義務に係る物・人に実力行使する点が直接強制が代執行から区別されるメルクマールなのか?

 私も違いがワカリマセン。確かに六角さんがお考えのように、ペンキで塗り潰す義務であれ、「ペンキで塗りつぶせ」と命令し、その命令を履行しない場合に、官庁が代わって塗り潰すことは、代執行になりそうなものです。
 ただ直感としては、引用箇所は次のように考えているのかなという気も。

  • 絵看板の取払を命じる→その命を履行しない→官庁が代わってこれを取払う⇒代執行
  • 絵看板の取払を命じる→その命を履行しない→官庁がペンキでこれを塗り潰す⇒直接強制

 つまり、最初の命令が「取払を命じる」となっているにもかかわらず、その命令を履行しない場合に、異なる手段(で、かつ、最初の命令以上に強力な方法)を採用してしまうことがあれば、それは直接強制だといっているのかな、と。


 そうではなく、次のように考えているといえるかもしれません。

  • 絵看板をペンキで塗り潰すことを命じる→その命を履行しない→官庁が代わってこれを行う⇒直接強制

 しかし、そもそも「最初に『塗り潰せ』と命令できるのか」といえば、次のように考えられないでしょうか。すなわち、「取払うことであれば、後で他の場所で利用することも可能だが、塗り潰してしまったのでは、最早その絵看板は台無しになる。通常、行政命令に対しては、他に代替手段がないこと(補充の原則)が求められるであろうことから、より法益侵害の少ない方法があるのであれば、そのようなドラスティックな方法を命じることはできない」、と。
 「取払い」と「塗り潰し」のいずれがどっちということに結論を出せませんが、同様に塩野先生が引用されていた「沈没船の引揚げ」と「沈没船の爆発物による破壊」の例では、何となくわからなくもないかなーという感じがしなくもないワケで(ただし、爆発物による破壊のほうが安値で可能であって、被命令者にとって負担が少ないかも。)。


 なお、参考までに、図書館の開架にあった「美濃部達吉『日本行政法 總論』(有斐閣、1922)p.235」から、次のような引用を掲げておきます。ここでは、「代執行できるものには、直接強制を行う余地はない」とされているようです。
 要するに、「ペンキで塗り潰す」ことは、実際問題として「代執行できる」はずですので、「絵看板をペンキで塗り潰すことを命じる→その命を履行しない→官庁が代わってこれを行う⇒直接強制」と考える余地はない、とされるようにも思うわけですが。
 なお、この書籍は塩野先生が引用されていたものとは異なりますので。

他人の代りて為し得べき作為の義務に付ては常に代執行に依りて強制の目的を達し得べく、急迫の場合と雖も即時の代執行を為し得べきを以て直接強制の行はるべき余地なし。
換言すれば直接強制は専ら執行罰との選択的手段たるものにして、執行罰の如き間接の強制を以ては強制の目的を達する能はざる場合又は事情急迫にして執行罰を予告するが如き暇なき場合に於てのみ直接強制に依ることを得るなり。
例へば違法に営業を為せる者の営業者を閉鎖して顧客の出入を遮断し、召喚の命に応ぜざる者を強力を以て引致し、集会の解散を命じ其の命に従はざる者を強力を以て退散せしめ、交通遮断の区域に入らんとする者を強力を以て制止するが如き直接強制の実例なり。
※引用者により、改行及び平仮名表記への変更等を行っています。